第9話 決着

 Rの手首をつかんだ実鈴の目の前が真っ白になった。


「っ……!?」


 実鈴が怯んだ隙にRが実鈴の手から逃れる。


 やがて光が弱くなり、実鈴が目を開けると――目の前に怪盗Aが立っていた。


「嘘でしょ!?」


「A……」


 座り込んでいたRが安堵の声を上げる。


「な、なんで……。だってさっき……」


 実鈴は慌ててスマホを取り出して画面を確認した。やはり、Aが十分前に警官に取り押さえられる様子が写っている。


「あなたはさっき捕まったはずよ!」


 すると、Aは呆れたように息を付いた。


「佐東実鈴ともあろうお前が、まだ気づかないのか。それは合成動画だ。この屋敷に入る前に監視カメラはハッキングしてんだよ。それでダクトを通って、そこの通風口から出てきたってわけだ」


 Aは言いながら天井を指した。


「R」


 ふと、AがRを見た。


「もっとお前の力を信じるべきだった。たしかに俺はお前を甘く見ていたかもしれない。けれど、お前を危険な目にあわせたくないのは本当だ。だからここに来たんだ」


 Aは振り返り、実鈴を鋭い視線で睨みつけた。その視線に一瞬怯むが、すぐにフッと笑みを浮かべた。


(確かにRは強いけど、Aはそうでもなかったはず。なら……まずは――)


 実鈴は一気にAに近づいた。


(こっちをたたく!)


 Aは実鈴のハイキックを受け止め、回し蹴りを放った。それを左腕でガードした実鈴の顔が歪む。


(痛っ……! 何よこの強さ! 足が来るスピードは遅いけど……パワーで言えばRと同等……もしくはそれ以上……!)


「A……、いつの間に武術使えるようになったの?」


 Rが驚いた様子で聞く。


「お前を危険な目に合わせないって言ってんのに何もしてないわけないだろ」


 フッと笑ったAは受け止められている足をそのまま振り抜いた。


「っ!」


 左腕を払われた実鈴がバランスを崩した隙に催眠弾を二発投げつける。


「そこで眠ってな。このペンダントはちゃんと持ち主に返しておくからよ」


「ま、待ちなさい!」


 実鈴は慌てて追いかけようとしたが、煙のせいで二人がどこにいるのかすらわからない。そして走り去る足音が聞こえた。



 二人は屋上に向かっていた。


「実鈴いたけど、なんとかなったね……」


 Rが息をつくが、Aは険しい表情をしていた。


(ホントにこれで終わりか? あの実鈴のことだから、もっと何か仕掛けてくると思っていたが……)


 階段を登りきって屋上に続く扉を開けると――屋上には警官が大勢いた。


「ヤバッ!」


 Aはメジャーを取り出すと、驚いて動けないRを抱えて屋上の隅に植えられている松の木に飛び移った。二人を追いかけようとした警官は後ろを走っていた警官とぶつかり、団子状態になってしまった。


「あぶね……」


 Aがホッとしたのもつかの間、今度は実鈴が屋上に入ってきた。


「寝てなかったのか!?」


「嘘!」


「あれくらいで寝ると思ったの!? 観念しなさい!!」


 警官が松の木を登ろうとするが、枝の位置が高くて登れない。


「それは無理だな。怪盗がそうやすやすと捕まるわけにはいかないからな。それに……、俺達は怪盗をやる以外方法がないんだ。このペンダントは持ち主のもとに返しておくからよ」


 AはRを抱えたままワイヤーを使って姿を消した。


「あ!」


 実鈴は慌てて屋上の縁に駆け寄ったが、二人の姿は闇に溶けて見えなくなっていた。 


「逃げられた……。すぐに非常線を貼って!」


 警官に指示を出す実鈴の横に、五島がやってきた。


「いや〜しかし、君を見ていると悠里(ゆうり)君を思い出すな……」


「悠里君……?」


「石橋悠里君。十五年前くらいかな。私の部下だった男だよ。結構優秀で、警察を続けていれば今頃警部になっててもおかしくなかったんだがな……。急に辞表を提出してきて、それっきりだよ」


「石橋……」


 どこにでもいそうな名字だが、なんとなく気になった。



「ハッ! ヤアアアッ!!」


 翌日。隣町の空手道場。道着を着て黒帯を締めた瑠奈は空手の稽古に励んでいた。昨日の実鈴との対決で、自分はまだ力不足だと思い知らされた。


「もっと強くならなきゃ……。相賀に迷惑かけないためにも……!」


 自分がもっと強ければ、相賀ももっと自分のことを優先できる。自分を大事にしてくれるのは嬉しいが、自分のことも大事にしてほしい。瑠奈はそんな気持ちで対戦相手に強烈な上段蹴りを食らわせた。



「フッ! ハッ!」


 相賀は自室の天井にぶら下げたクッション相手にキックボクシングを練習していた。


(昨日、蹴りが実鈴にガードされたってことはスピードが遅いってことだ。けど、あの顔からしてパワーはまあまあなはず。もっと瑠奈を余裕で守れるようにならなきゃ……)


 二人はお互いを守るために拳を振るう。



 実鈴は自室で落ち込んでいた。そこに、ドアのノックの音が響く。


「……どうぞ」


 入ってきたのは大学生くらいの男性――実鈴の兄の佐東大空(さとうそら)だった。手にはサンドイッチとタンブラーが乗ったお盆を持っている。


「今日、何も食べてないだろ? 食べられるときでいいから、食べなきゃダメだぞ」


「うん……ありがとう」


 大空はお盆を机に置いて部屋を出ていった。実鈴がそっとタンブラーを開けると、レモンのいい匂いが鼻をくすぐる。実鈴の好きなレモンティーだ。皿にはジャムサンドが乗っている。どれも実鈴が好きな味だ。実鈴は大空の気遣いに感謝しながらも食べる気にはなれず、かかっていたラップを戻して机に突っ伏した。



 翌日。実鈴は寝坊してしまい、滑り込みで教室に飛び込んだ。いつも余裕で登校する実鈴が、ウェーブのかかった髪に寝癖をつけて教室に飛び込んできたのだから、皆驚いた。


 昼休み。実鈴がベランダから外を眺めていると、「実鈴ちゃん!」と詩乃がやってきた。


「中江さん……」


「も〜、実鈴ちゃん固いよ。小一から一緒なんだから名前でいいよ。それで、どうしたの?」


 屈託のない笑みを浮かべて話す詩乃を見て、


(この子なら全部話せる)


 実鈴は不意にそう思った。


「……この間、RとAを逃しちゃったの。それが悔しくて……」


 自身の失敗を話す実鈴はいつになく泣きそうな表情をしていた。


「……そっか。でもさ、実鈴ちゃんならできるよ」


「え?」


 実鈴が驚いて振り返る。


「だって実鈴ちゃん、やるって決めたら最後までやる人だから。それがいくら難しくてもね。だから探偵なんて続けられるんだよ。詩には無理だから。実鈴ちゃんだからできるんだよ。だから大丈夫。何があっても立ち止まらないで突き進むのが実鈴ちゃんでしょ?」


 詩乃の言葉を考えていた実鈴は「……ありがとう」と何が吹っ切れたような表情で礼を言った。


「良かった。元の実鈴ちゃんに戻って」  


 その時、実鈴のスマホがなった。


「もしもし。……ああ、五島警部。え? わかりました。すぐ行きます!」


 電話を切った実鈴はバッグに荷物を詰め始めた。


「どうしたの?」


「事件先からの電話。すぐに来てほしいんですって。……詩乃さん、ありがとう」


 ニコリと笑った実鈴はバッグを持って教室を飛び出していった。


一部始終を見ていた相賀は苦笑いした。

 

「……これから大変そうだな」


 瑠奈も仕方なさそうに笑う。


「誰でも励ましてあげられるのは詩乃の良いところなんだけどね……」


 これから、大変そうだ。



 その頃。昼間だというのにブラインドがさげられて暗い部屋に、一人の少年がいた。パソコンの明かりだけが少年を照らす。キーボードを打っていた少年は立ち上がり、部屋を出ていった。パソコンの画面には、怪盗Rや怪盗A、実鈴の写真が写っていた。

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