第44話 仲間外れ

「え? 転校生に横取りされた?」


 家に帰った実鈴は、夕食の用意をしていた兄の大空そらにすべてを話した。


「うん、そう……。犯人間違えてたんだけど、急に来た大田君が真犯人を挙げたの」


「そうか……」


 鍋をかき混ぜていた大空はその手を止めた。


「まあでも、真犯人を挙げられたんだからそれでいいじゃないか」


「そうなんだけどね……」


 ダイニングテーブルに座っていた実鈴はソファに腰掛けて音楽番組を見ている従姉妹のつむぎを振り返った。


「捜査に勝ち負けも何もない。それはお前がよく知ってるだろ」


 器にスープを注ぎながら大空が言う。


「大事なのは誰が犯人を挙げるかじゃない。犯人を捕まえられるかどうかなんだから。よく父さんも言ってたぞ」


「……そうなんだ」


「覚えてないのか」


 警察官だった実鈴達の両親は、十二年前に事故で亡くなった。実鈴が覚えているのは、母親がよく歌ってくれた子守歌ぐらいだ。キッチンのカウンターには両親が寄り添っている写真が飾られている。


 大空は実鈴の前にスープを注いだ器とミートパスタを載せた皿を置いた。


「ありがとう。いただきます」


 スプーンを持った実鈴はスープをすすった。


「実鈴は人一倍負けず嫌いだからな。そう思うのも分からなくはないけど」


 実鈴の向かいに座った大空は実鈴をまっすぐ見つめた。


「……やっぱり、悔しいって思っちゃうんだ。今回は私が犯人を間違ってたわけだし」


「だったら、その気持ちをバネにして頑張ればいいだろ。大丈夫。実鈴ならできるから」


 微笑んだ大空は、テレビを見ながら寝てしまっていた紬を抱き上げ、二階に連れて行った。


 実鈴はそれを眺めながらパスタをフォークに絡ませて口に運んだ。



「いけ! 拓真!!」


 中学総合体育大会地区予選。星の丘中学校野球部は地区予選の決勝戦に臨んでいた。


 吹奏楽部の演奏が流れる中、星の丘中学校の教師、生徒が全員で選手に声援を送る。


 相賀達も叫ぶ中、伊月は端の方の席に座り、試合を冷めた目で見ていた。その視線はほとんど手に持ったスマホに注がれている。


「おい伊月!」


 慧悟が話しかけてきた。その首には紐を通したメガホンが下がっている。


「お前も来いよ! 今いいところだぞ!」


「行かない。そもそも、何でこのオレが――」


「そういうのいいから!」


「お、おい!」


 慧悟は伊月の腕を掴み、強引に手すり壁の前に引っ張った。そして自分の席に置いていたメガホンを持たせる。


「応援してやれよ! もうちょっとで勝てるんだ!」


 屈託のない笑みを浮かべてそう言う慧悟に、伊月はため息をついた。


「どうしてオレが……」


 しかし慧悟には聞こえなかったようで、慧悟は首に下げているメガホンを口元に持っていった。


「かっ飛ばせ拓真ぁ!!」


 叫びながらメガホンを持っていない右手を振り上げる。


「……これの、何が楽しいんだか」


 グラウンドを見下ろす。ちょうどバッターボックスに入った拓真がツーストライクを取られるところだった。


「落ち着いて!」


「お前なら打てるぞ拓真!!」


 クラスメイト達が次々に叫ぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る