第129話 訊きたいこと

「実鈴君」


 警視庁の廊下を歩いていた実鈴を、五島警部が呼び止めた。


「はい?」


「少し訊きたいことがあるんだが……今いいか?」


 真剣な話らしい。それは、五島の口調を聞けば分かった。


「わかりました」


 頷いた実鈴は五島が顔を出していたドアに向かって戻りだした。


「君は、怪盗の正体を知っているよね?」


 ドアを閉めて開口一番、そう聞かれた。一瞬、頭が真っ白になったが、


「……はい」


 ギュッと手を握りしめて、頷いた。


「責めているつもりはないんだが、どうして捕まえないんだい? 君の実力なら、捕まえられるんじゃないかい?」


 五島の言うことはもっともだ。


 自分だって、本当は捕まえたいのだ。


 ――怪盗が、『彼ら』じゃなければ。


「……彼らには、事情があるんです。私達が介入したとしても解決は難しい問題があります。それに、彼らは愉快犯ではないんです。ある信念を持って盗品を取り返しています。もちろん、彼らが怪盗として現れたときは全力で追跡します。けれど、それ以外のときは……」


「……わかった」


 五島は数秒の思考の後頷いた。


「まあ、いつも世話になっているからな、君には。私も一課だから怪盗を担当しているわけではないし。良ければ、二課の警部を紹介しようか?」


「いえ、お気遣いありがとうございます。けれど、大丈夫です。彼らは私がなんとかします」


「そうか。何かあったら、いつでも声をかけてくれ」


「ありがとうございます」


 実鈴が頷くと、五島は「あ、それから」と口を開いた。


「はい?」


「もう一つ聞きたいことがあったんだ。大田伊月君。彼についてなにか知っていることはないか?」


 実鈴は驚いて目を見開いた。伊月と五島に、接点などあったのか。


「ミルキーウェイ号で偶然会ってね。夕食を一緒に食べたんだが……最近、活動している話を聞かないし、どうも信用に欠ける点があってね。同じクラスの君なら何か知っていると思ったんだが」


「……」


 何と言うべきか。本当のことを告げる訳にはいかない。そんなことをしたら、五島は即座に捜査に乗り出すだろう。思い立ったが吉日がモットーの人だ。けれど、組織のことだ、きっと五島を……


「……わかりません。学校に登校はしていますが、それ以外は目立ったことはしていません。元々、あまり話さないので……」


「そうか……」


 五島は腕を組んだ。


「伊月君の頭脳には助けられることも多かったんだが……仕方無い、ありがとう実鈴君」


「いえ……」


 その時、机に置かれていた五島のスマホが震えた。


「ああ、五島だ。……わかった。今から行く」


 電話を切った五島は実鈴を振り返った。


「事件が起きたようだ。付き合ってくれるかい?」


「わかりました」


 頷いた実鈴は部屋を出ていく五島の後を追いかけた。



 結局、その事件の捜査は夜までかかってしまった。


「遅くなっちゃったな……」


 腕時計をにらみながら暗い道を小走りに進む。


「――っ!?」


 突然、視線を感じ、実鈴はバッと振り返った。しかし、誰もいない。


「……気のせいかな」


 今日の事件は、後味の悪いものだった。後味の良い事件などないが。それで気が立っているのかもしれない。そう思い直した実鈴は前を見て再び歩き出した。

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