第77話 暗示

 昼休み。翔太は屋上に向かっていた。弁当が入った保冷バッグを片手に、屋上の扉を開ける。


 屋上には先客がいた。フェンスに寄りかかって空を眺めているのは――伊月だ。


「……どういうつもりだ? ベクルックス」


 顔をしかめ、わざとコードネームで呼ぶ。伊月はゆっくりと振り返った。


「死にに来たのか?」


「ここでは撃たないだろ。お前らは表社会に知られちゃまずいからな」


 伊月はフッと笑みを浮かべ、ジャケットの内ポケットから拳銃を取り出して翔太に消音器サイレンサーをつけた銃口を向けた。


「――っ!!」


 翔太が一歩後退る。


「撃ちはしねぇよ。学校で騒ぎを起こす気もない。貴様の言う通り、表社会に顔を知られるのは都合が悪い。けどな、だから何もしてこないとは思わないことだな」


「……お前が、わざわざ学校に潜り込んでいるのはなぜだ?」


 深呼吸をした翔太は尋ねた。冷や汗が背中を流れていく。


「さあな。……ボスの命令だ。オレが知ったことじゃねぇ」


 伊月は拳銃を内ポケットに戻し、翔太の横をすり抜けて屋上を出ていった。


「ハァ……」


 張り詰めていた空気が一気に緩み、翔太は息を吐きながらフェンスにぶつかるように寄りかかった。


『だから何もしてこないとは思わないことだな』


 伊月の言葉が脳裏に響く。


(あいつら……今度は何をしてくるんだ……)


 前髪をかきあげ、オッドアイを細めた。



「屋敷の中にいた奴らからは何も情報を聞き出せなかったわ。下っ端だったんでしょうね」


 放課後、教室の隅で壁に寄りかかっていた実鈴は隣に立つ相賀に話した。


「多分、アルタイル達のコードネームすら知らされてないんじゃないか? 六等星か五等星あたりの奴らだろうな。――逆に良かったな」


「え?」


 実鈴は相賀が発した意外な言葉に振り返った。


「あいつらは自分達の情報が漏れそうになったらすぐに制裁を下す。もし佐東達が逮捕した黒服達の中に二等星レベルの奴らがいたら、そいつはもうとっくに消されてるだろうからな」


「……」


 実鈴は何も言わず、前を向いた。その時、ある疑問が湧いた。


「なら、どうして貴方達はまだ生きてるの?」


「あー……」


 口を開きかけた相賀は何を思ったか唇をギュッと結んだ。


「……知ったら、お前も狙われることになるぞ」


 実鈴はわかった。今話しているのは木戸相賀ではない。怪盗Aだ。自分のことを『お前』と呼んだ。


「わかってるわ。私も、貴方達に協力したいから」


「え?」


 今度は相賀が目を丸くした。


「いいのかよ? 俺達は怪盗だぞ?」


「貴方達を捕まえるより組織を捕まえるほうが先だと思ったの。だって、貴方達は組織を壊滅させるために動いてるんでしょ? だったら、協力したって文句は言われないはずよ」


 実鈴の言葉は的を射ている。


 しばらく考えた相賀は顔を上げた。


「わかった。なら話そう」


 相賀はゆっくりと話しだした。

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