第194話 元兄さん

「……佐東、聞こえなかったのか」


「貴方達の目的は何?」


 実鈴はベクルックスの言葉を無視して尋ねた。


「み、実鈴さん!」


 翼が声をかけるも、それも無視する。


「……教えてやる。貴様らは人質だ。をおびき寄せるためのな」


 やっぱり――


 当たらないで欲しいと思っていた推理が的中してしまい、実鈴は唇を噛んだ。


「彼らをここに呼んで、何がしたいの。私はともかく、無関係の皆を巻き込まないで!」


 組織がどんな腹づもりなのか、そこまでは実鈴にもわからない。推理のしようがない。それでも、クラスメート達を巻き込むのは避けたかった。何が起こるかわからない、下手をしたら命を落とすかもしれないそんな戦いの場に、クラスメート達をいさせるわけにはいかない。


「……無関係じゃない。こいつらもいる必要がある」


「いい加減にして! 何がしたいのか答えなさい!」


「……チッ、埒があかねえ」


 舌打ちをしたベクルックスは今入ってきたドアに目を向けた。


「入ってこい!」


 ベクルックスが怒鳴ると、ドアが開いた。そして入ってきた人物に、実鈴の顔色が変わる。


「……なんで……」


 入ってきたのは――フォーマルハウトだった。


「久しぶりだな、実鈴」


 そう言って、ニヤリと笑う。


「あれって……佐東の兄さん……?」


 竜一が目を見開く。


「ああ、兄さんだな……、だけどな」


「元……?」


 怪訝そうな顔をする竜一に、フォーマルハウトはフッと笑いかけた。


「めんどくさくなるから結論だけ言うけどな。俺は実鈴の兄じゃねえ。そもそもこいつに兄なんていない。『両親を失った妹達を支える優しい兄』を演じてたんだよ、俺は」


「は……?」


「まあ、わかんなくていいぜ。お前達にはわからねえ領域の話だ」


 言い放ったフォーマルハウトは実鈴に目を向けた。


「貴方……何をしに……」


「おいおい、もう『兄さん』とは呼んでくれねえのか」


「っ!」


 瞬間、実鈴の瞳に炎が燃え上がる。


「裏切ったのはどっちよ!」


「そんな怒んなって。てか、裏切ったって言うけどよ、お前らが勝手に俺を信じていただけだからな」


「貴方……っ!」


 怒りに飲まれた実鈴がフォーマルハウトに飛びかかろうとした時――


「やめてくれ!」


 男の悲鳴のような声が、教室に響いた。実鈴がハッと足を止め、振り返る。


 永佑が、教卓に手をついて震えている。


「これ以上はもう……やめてくれ……」


「……先生、オレ、メール送りましたよね。読んだんですよね。全部、わかってましたよね? オレ達が今日、ここに来ることも」


 ベクルックスが冷たい声で言い、生徒達が一斉に永佑を振り返る。


「……わかってたよ。でも俺は心のどこかで思ってた! 大田が……そんな事しないって信じてたから……何もしなかったんだ」


「……どいつもこいつも思考は同じかよ」


 吐き捨てたベクルックスはスマホを取り出した。


「おらっ!」


「きゃっ!」


 と、永佑に気を取られていた実鈴に、フォーマルハウトの右足が飛んできた。


 もろに食らった実鈴の体が吹っ飛び、作り付けのロッカーに叩きつけられる。


「かはっ……」


「佐東!!」


「実鈴ちゃん!」


 香澄が実鈴に駆け寄ろうとする、が――


「動くな!」


 スマホを耳に当てたベクルックスが銃口を向け、香澄の足を止めさせる。


「座れ、辻。殺しはしねえ」


「殺しって……!」


「聞こえねえのか」


 真っ暗な目で睨まれた香澄の目に涙が浮かぶ。


「私は大丈夫よ……だから……今は大人しくしてて」


 背中を打ち付けた実鈴が壁に手を付きながら立ち上がり、香澄は力が抜けたように椅子に座り込んだ。

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