第143話 答え

「あああああ!!」


 十分程前。Aは怒りのままにフォーマルハウトに攻撃を仕掛けていた。


「落ち着けよ。キレがないぞ?」


「黙れ!」


 軽々と拳を避けるフォーマルハウトに吠えたAはさらに蹴りを繰り出した。しかし、その足をつかまれ、投げられる。


「がはっ!」


 壁に激突したAは背中を壁に滑らせて座り込んだ。


『A!』


 Kの叫ぶ声が遠く聞こえる。


「ようやく大人しくなったか」


(……頭、痛ぇ……)


 Aはぼやける視界でフォーマルハウトを見た。ポケットからスマホを取り出し、操作している。


(倒すんだ……あいつを……倒して……)


 うまく回らない頭に、『なぜだ?』と声が響く。KでもYでもない。仲間ではない声だ。


(……誰……だ……?)


Aの脳裏に、ぼんやりと人影が浮かび上がる。同じくらいの背格好だ。


『なぜお前は、そんなにあいつを倒したい? もう逃げたほうがいいんじゃないか?』


(逃げる……?)


 そんなこと、できない。できるわけがない。


(俺は……家族をないがしろにするような奴を……許せない……逃げるなんて……)


『家族じゃない。フォーマルハウトは佐東実鈴と血は繋がっていない。言うなれば、赤の他人だ。そう激昂する必要はない。もう怪盗は終わりだ。あれだけやり合って、無事なわけがない。お前だけでも逃げればいい』


(……確かに、俺が怒る必要はないかもしれない。けど……)


 Aの脳裏に、真優の優しい笑顔が蘇る。


(家族がいなくなる苦しみは、わかってるから。理不尽にいなくなったのなら、尚更……だから、逃げるなんて……)


『……木戸相賀。お前はもう少し頭の働くやつだろう。何を優先すべきだ? 感情に飲まれるな。答えはもうお前の中で出ているはずだ』


 言葉が響き終わると同時に、脳裏にぼんやり浮かんでいた人影が消えていく。


(待て……お前は……一体……)


『……アクルックス』


 その言葉を最後に、人影は完全に消えた。


(……答え、か……)


 確かにそうだ。自分は何をしにここに来たのか。どうして危険を犯してまで仲間達と来たのか。


 逃げない。逃げるわけがない。けれど、感情に飲まれていた。自分がやるべきことは、フォーマルハウトを倒すことじゃない。


「行くぞ、木戸相賀」


 フォーマルハウトが電話を切り、Aに手を伸ばす。Aはその手を払い除けた。


「!」


「……まだ終わっちゃいねえよ」


 さっき壁にぶつかった衝撃で体中が痛い。だが、頭は冷静だった。もう、やるべきことはわかっている。


「……まだやる気か」


「ああ」


 挑戦的に言って笑って見せる。フォーマルハウトはイライラしたように舌打ちをした。


「……しつこい。さっさと諦めればいいものを」


「誰が諦めるかよ。こっちには、諦めの悪い奴らが七人もいるんだよ!」


 Aは言い終わると同時に閃光弾と睡眠弾をばらまいた。煙と光があたりを包み込む。


「まだそんな手を使うのか!?」


 フォーマルハウトは怯まずに突進した。Aの気配を探りながら煙と光の中を進む。


「――そっちの負けだな」


「――!?」


 Aの声とともに、体中の力が抜ける。


「何だ……これ……」


 立っていられなくなったフォーマルハウトは思わず片膝をついた。


「催眠弾の中に麻痺毒を仕込んでいたんだ。そろそろこの手も通用しないと思ってな。ガスマスクをされたら終わりだが、この状況なら流石に持ってないと思って賭けた。俺の勝ちだな」

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