第17話 翔太の役

「王族は王と妃、二人の王子。執事とメイド一人ずつ。追い出されるのは兄の方。後は追い出されてすぐに出会う村の子供二人。それから王子を襲う悪役二人と王子を住まわせる家族二人。王子の本当の家族四人で十六人です」


 明歩がキャラの説明を終えると、愛が手を上げた。


「本当の家族っていうのは?」


「設定として、追い出される王子――サラトって言うんだけど。その子は元々王族の子供じゃなくて、王が奪った子供なんだ。子供がなかなかできないから市民から奪ったけど、その三年後に弟――アルトが生まれたからサラトが邪魔になって虐げられたっていうことになってる」


「流石明歩ちゃん。設定がしっかりしてるじゃん」


 柚葉が言うと、明歩は照れたようにサイドの髪を耳に掛けた。


「それで、ちょっと頼みというか何というか……」


「え?」


 香澄が訊き返す。


「サラトとアルトは翔太君と相賀君にお願いしたくて」


「え」


 翔太が思わず声を上げる。


「翔太君の雰囲気というか何というか、そういう感じがサラトにピッタリだと思って、翔太君をイメージして書いたんだ。相賀君は、どことなく翔太君に顔つきが似てるから……」


「似てるか?」


 相賀が訊ねる。


「いや、見た感じ、私は何となく似てるなって思っただけで。嫌なら、いいんだけど……」


「俺は良いけど」


「……ちょっと考えさせて」


 相賀は承諾したが、翔太はまだ戸惑うように言った。


「大丈夫だよ。次は王と妃だけど……」



 放課後。帰り支度をしていた翔太のもとに、明歩がやってきた。


「ねえ、翔太君」


「長谷君……」


「正直ね、サラト役は翔太君しかいないと思っているんだ。サラトはオッドアイだから、翔太君のオッドアイが活かせると思って。というより、翔太君がオッドアイだからサラトもオッドアイにしたんだけど」


「は?」


 翔太は素っ頓狂な声を上げた。


「何で……僕の目のこと知って……?」


「何でって……普通に見えてる時あったし。他に気づいている人いると思うよ。最低でも実鈴ちゃんは気づいてる」


「……」


 翔太は何も言えなかった。しかし、腕に鳥肌が立っていた。オッドアイを知られたからではない。自分が注意散漫だったのだ。


「本当に嫌ならいいんだけど……引き受けてくれると嬉しい」


 明歩はそう言って愛と柚葉のもとに戻っていった。


「……っ」


 翔太は右手で右目を覆っている前髪をくしゃりとつかんだ。


「……」


 怖い。オッドアイを知られたことで、自分のことを更に知られるのが怖い。誰も巻き込むわけにはいかないのに――。


 相賀はそんな翔太を心配そうに見つめていた。



「よーい、始め!」


「何なのよアンタは!」


 明歩の合図で、妃役の実鈴はサラト役の翔太を蹴る真似をした。


「うっ……」


 蹴られたふりをした翔太が倒れる。


翌日。劇の稽古が始まった。


 翔太は、結局サラト役を引き受けることにしたのだ。その理由は、翔太もよくわからない。


(でも……)


 台本を読んで、明歩の言うとおり、サラトは翔太と境遇が似ていた。翔太をイメージして書いたのだから、当然だが。いや、だからこそ。他人がやるのは気に入らなかった。


 側では王役の慧悟が嫌な目で翔太を睨み、その奥ではメイド、執事役の愛と竜一がニヤニヤと翔太を見ている。アルト役の相賀は倒れている翔太の側にしゃがみ、翔太の長い前髪をつかんだ。


「偽王族が。消えろよ」 


「っ……」


 相賀が乱暴に髪を離したため、翔太は再び床に叩きつけられた。


「カット!」


 明歩の声が再び響いた。


「いいんじゃない? ……ただ、皆サラトに対して荒い言葉しか使わないから……翔太君大丈夫?」


「……大丈夫だよ。こんなん、やられ慣れてるから」


 翔太はその場に座り込んで前髪に手をやった。



『何だよその目!?』


『キッモ! アメリカ行けよ外国人!』


 暴言とともに腹に鈍い痛みが走る。



「……ハッ。くだらない」 


 吐き捨てた翔太は前髪を何気なくかき上げた。


「高山、その目……」


 竜一が声を上げる。


「ああ。僕の父がハーフで青い目をしてるんだ。それが原因か僕はオッドアイ。――変わってるだろ?」 


 赤い右目があらわになり、知らなかった生徒は目を見張った。知っていた相賀達は何とも言えない表情を浮かべていた。


「ああ良いよ、別に慣れてるし。そういう目で見られるの」


 なぜ、翔太は自分からオッドアイを晒したのか。明歩が言ったときはあれだけ怖がっていたのに。


「このクラス、そんなことするやついねーし。ま、そんな経験してんなら人を信じられねーのも無理ねーけどよ」


「最低でも、このクラスはあなたを受け入れる。それは忘れないで」


 慧悟と実鈴が言い、翔太は俯いた。さっきまで出ていたオーラは消え去り、力が抜けたように座り込んでいる。


「……ゴメン、急にこんな話して」


 その目は若干潤んでいた。内心、思った通りでホッとしていた。自分の期待通りだったから。

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