第133話 気付けなかった

「あいつは探偵として致命的な欠点があるな」


 会議室にやってきた大空――フォーマルハウトは、長机についていたベクルックスに話しかけた。


「……佐東実鈴のことか」


「信頼を置いてる人を疑えない。実際、警察内部を疑っていると言っていたが、五島とかいう警部のことは除外してたらしいしな」


 フォーマルハウトは鼻で笑った。


「俺がフォーマルハウトだと知ったときのあいつの顔、見ものだったぜ。お前にも見せたかったな」


「……興味ないな」


 吐き捨てたベクルックスは険しい表情でスマホの画面を見た。画面にはチャットアプリのトーク画面が表示されている。


『順調です。そろそろ怪盗共も来る頃かと』


 表示されたキーボードで手早くメッセージを打ち込み、送信する。


 スマホを机に置いたベクルックスは悦に入っているフォーマルハウトをチラリと見た。



「――あのビルだな」


 宇野が運転するSUVは、指定されたビルから少し離れた場所に停まっていた。


「え、思いっきりオフィス街じゃん。ほんとにここ?」


 窓からビルを見た瑠奈が怪訝な顔をする。


『カモフラージュだね。そのビルは二十階建て。下十階は色んな子会社が集まってて、上十階は所有されてる。そこにいるはずだ』


 海音が言った。


「その所有者が組織か……」


 険しい表情をした相賀はサングラスをポケットから取り出した。


「――行くぞ」


「OK!」


 怪盗達は、闇の中に繰り出していく。



「お姉ちゃん、泣かないでよ……!」


 紬は膝に顔を埋めて肩を震わせる実鈴を懸命に慰めていた。


 紬には、何が何だかわからない。どうして自分達が誘拐されたのか、大空が豹変したのか、実鈴が探偵失格と言うのか。態度からして、実鈴は何か知っている。それなのに、自分は何も知らなかったなんて。紬は唇を噛んだ。


「ごめんね、お姉ちゃん……紬、何も知らなくて……」


 すると、実鈴はその体制のまま首を振った。


「紬のせいじゃない。それは絶対に違う。悪いのは……」


 実鈴の声が震え、小さくなっていく。


「何にも気付けなかった、私だから……」


 実鈴のか細い声が、紬の胸を嫌というほど突いた。


(気付けなかったのは、紬だよ……)


 けれど、その想いが声になることはなかった。



『裏口のロック、開けるよ。デネブに気づかれないために五秒しか開けられない。行ける?』


「もちろん」


 サングラスをかけた怪盗Aは怪盗Kの声に頷いた。


「じゃあ行くよ。三……二……一……ゼロ!」


 Kのカウントダウンに合わせ、Aは裏口のドアノブをひねった。そしてドアを開け、中に飛び込む。続いて怪盗R、怪盗U、怪盗Xも続き、最後の怪盗Tがドアを閉める。


『ギリギリセーフだね。次はその廊下を真っすぐ行って!』


 A達は怪盗Yの指示を聞いて廊下を走り出した。


『今回は防犯カメラを傍受はしてるけど、映像の改ざんはしてない。来いって指示されたわけだしね。だから、いつ誰が来るかわからないから――』


 XはKが言い終わらないうちに右腰の銃を引き抜いた。そして振り返りざまに撃つ。放たれた催眠弾はX達の後を追いかけていた黒服の男の顔に命中した。


「用心しなきゃね」


 仮面をつけたXはフッと笑い、気づいて立ち止まっていた一同に走り寄った。


「サンキュー、X」


「どういたしまして」


 笑みを浮かべたAは再び走り出した。一同が後を追う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る