第132話 探偵失格

「――起きたか」


 突然、冷たい声が聞こえた。驚いて部屋の入口を振り返ると、大空が立っていた。


「お兄ちゃん!」


 紬が驚いたように立ち上がる。


「ハァ……これだからガキは……」


 ため息をついた大空はドア枠に寄りかかった。


「紬、私の後ろに下がって」


 実鈴は立ち上がり、紬の前に立った。


「貴方、誰? 兄さんじゃないでしょ?」


 もう一度訊く。あれが大空のはずがない。となれば、目の前にいるのは大空に似ている人だ。


「何度同じことを言わせる?」


 黒いハイネックセーターに黒いレザージャケットを羽織った大空は頭をゆらゆら振った。


「そもそも、お前に兄なんていないんだ。笑いを堪えるのに必死だったぜ。探偵とかやってる割には、親族を疑うことを知らないのか?」


 実鈴はあざ笑う大空に唖然とした。


「お前が怪盗達の情報を全部話してくれたからなあ。絶好の情報網だったぜ。十三年も演技してたかいあったな」


 大空の言葉が耳に入ってこない。


 じゃあ、自分はずっと……


「もう一度だけ教えてやる。俺はフォーマルハウト。お前達が探していたスパイだ」


 大空はそう言うとニヤリと笑い、部屋を出ていった。電子ロックがかかる音が聞こえ、実鈴はその場にへたり込んだ。


「お姉ちゃん……」


 ずっと実鈴の後ろにいた紬が小さな声で言う。


(私……探偵失格だ……)


 こんな近くに敵がいたのに、気付けなかったなんて。大空――フォーマルハウトの言うとおりだ。警察内部を疑っていて、親族は全く疑わなかった。一番情報を話していた相手だったのに――


「ごめんね紬……全部、私のせいだ……」


 自然と視界が歪む。実鈴は膝に顔を埋め、声を殺した。



「実鈴は大学三年生の兄と、小学五年生の従姉妹と暮らしている。今回、全員がさらわれた可能性が高い」


 相賀達は宇野の運転するSUVの中で作戦を練っていた。座席を倒したスペースに座り、表情を引き締めて相賀を見ている。


「今回は役を分担しなくていい。全員で突撃する。実鈴達の居場所を特定したら、俺と中江さんで行く。瑠奈達は奴らを倒しててくれ。実鈴達を助けたら、すぐに警察に連絡する」


「どうして? 警察は今呼んだ方がいいんじゃない?」


 詩乃が尋ねる。


「今呼んだとしても、組織のことを説明できないだろ。それに、実鈴達が更に危険な目に遭うかもしれない。救出した後なら、実鈴が指示を出せばいいしな」


 詩乃が納得したように頷くと、相賀はイライラと右手人差し指で座席を叩いた。


「問題は、奴らが何人いるのかわからないってことだな。フォーマルハウトは確実にいる。けど、それ以外は……」


「アルタイルとベガはいると思う」


『それは確実だね。後は冬の大三角あたりか……』


 瑠奈と海音が考え込む中、


(……あれ?)


 相賀はあることに気づいた。


(情報の漏れ方からして、もしかして、フォーマルハウトは……いや、情報が少なすぎる。けど……)


 相賀の脳裏にはある人物が浮かんでいた。

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