第126話 過去の裏切り

 ――何も、知らないくせに。


 胸の中に、どす黒いものが渦巻いていく。


 お前たちに翔太を非難する資格なんてない。見た目が違うという理由だけで煙たがっていたやつらに、翔太の闇が理解できるはずがない。


「――いいよ、木戸君」


 ふと、翔太が口を開いた。


「え、でも――」


「大丈夫。僕は大丈夫だから」


 翔太の声は、もう震えていなかった。いつもの飄々とした表情をしている。


「同級生に守られるとか、ダッセェ」


 男子達はまだあざ笑っている。


 翔太は右手を握り込み、体格のいい男子の顔に向けて拳を放った。


「ひっ!」


 男子はギュッと目をつぶった。しかし、いつになっても拳は顔に当たらない。恐る恐る目を開くと、翔太の拳は顔面スレスレで止まっていた。


「で、まだやる?」


 拳を納めた翔太は微笑んで言った。しかし、そのオッドアイには闇が潜んでいた。月光に照らされ、妖しく光っている。


「……っ!」


 男子達はブンブンと首を振り、踵を返して逃げていった。


「意外と臆病じゃん、あいつ。あんなにビクビクして過ごすことなかったな」


 静かに毒を吐いた翔太はフッと笑った。


「最初からこうしても良かったな」


「翔太――」


「ありがとう、木戸君。助けてくれて。今までずっと見た目で避けられてきたから、関係ないって言ってくれて、嬉しかった」


「……そうか」


 相賀は何も言えないまま頷いた。


「……さっきの三人、小五まで僕と仲良くしてたんだよ」


「え?」


 唐突に翔太が自分の話を始め、相賀は目を丸くした。


「小四のときだったかなぁ。偶然、パルクールの教室で会ってさ。そこから仲良くなったんだよ。クラスも同じだったし、何より、僕とちゃんと仲良くしてくれた同級生が初めてだったから、信頼しきってた。……小五の冬まではね」


 翔太は持っていた缶ジュースのプルトップを開けた。視線は地面に落ちたままだ。


「その冬にあったパルクールの大会で、三人を差し置いて僕が優勝したんだ。そこから三人の態度が急変してさ。人格変わったのかってくらい僕に対する態度が変わって。裏切られたって思ったとき、ショックが大きすぎた。唐突に仲良くなってきたやつなんて、最初から怪しむべきだったのにね。友達ができたって、浮かれてた」


「そんなの……」


「理不尽だろ?」


 翔太はやっと相賀の顔を見た。自虐的な笑みを浮かべて続ける。


「悔しいんなら、自分が練習して僕を抜かせばいいだけの話なんだけどさ。あいつら、レッスンサボること多かったから。――まあ、世の中そんなもんだよ。理不尽なことなんかそこらに転がってる」


「……信じ切っていたら痛い目にあうって、そういうことか」


「そう」


 頷いた翔太は飲み終えた缶ジュースを自動販売機の横に設置してあったゴミ箱に捨てた。


 月光に照らされた横顔が張り詰めて見えた。


「……だから、嬉しかったんだよ。いいやつだって言ってくれて。皆のことは、時間がかかったけど信用できるって判断できたから。それを思い出したら、もう怖くなくなった。あいつらに一発、仕返しできたよ」


 翔太が再び相賀を見る。その表情は、柔らかかった。オッドアイには淡い光が浮かんでいる。


「ありがとう、木戸君」


「……ああ」


 相賀は頷くしかなかった。

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