第74話 渡部海音という人間

「うっ……」


 いつの間にか気を失っていた翔太は目を覚ました。


「あっ!」


 慌てて起き上がると、ソファなどに座って寝ている瑠奈達が目に入った。


「あ……病院……?」


「起きた?」


 突然話しかけられ、驚いて見ると、実鈴がいつの間にか病室に入ってきていた。


「佐東君……」


「あの島からそのまま運んできたのよ。右上腕の打撲以外は軽症だから、すぐに退院できると思うわ。石橋さん達は入院の必要もなかったけど、徹夜だったから疲れたのね。ここに来てすぐに寝てしまったわ」


「渡部君は……」


「ミルキーウェイ号よ。そうね、そろそろ港に帰港する頃かしら。すごいわね、彼。あんなことがあったのに、船に戻って何事もなかったように過ごせるんだから」


「……それは違うと思う」


 翔太のものではない声が返ってきて驚いて振り返ると、いつの間にか相賀が起きていた。腕組みをして一人がけのソファに座っている。


「海音は見た目より繊細なんだよ。それなのに渡部家次男として役目を果たそうとしている。今回のことで相当心にきてるはずだ。それを必死に押し殺して普通のふりをしてる。このままじゃ海音は壊れるよ」


「え……」


 翔太は思わず声を漏らした。


「けど、海音の支えになってるのが、俺達なんだよ。拓真が前に言ってたんだ。俺達と一緒にいるときの海音は渡部家次男じゃない、普通の年頃の男だ、って」


 相賀は顔を上げ、静かに相賀の話を聞く二人に目を向けた。


「俺達が普通に接していれば、海音は壊れることはない。だから、海音は強くない。自分の中にある自覚で動いてるんだよ。自分は渡部家次男だ、という自覚だけで。プレッシャーかかるだろうに、パーティーとかには必ず出席するし。そういう奴なんだよ、渡部海音って人間はな」


「……」


 実鈴と翔太は何も言えなかった。


「で? 名探偵?」


 相賀は両腕を合わせて上げてみせた。


「俺達を逮捕するんなら、今のうちだぞ?」


「……言ったでしょ? まだ貴方達を逮捕するつもりはないって。それに、寝込みを襲うなんてそんな卑怯なことしたくないわ」


「……本気らしいな。まあいいぜ。俺達もやらなきゃいけないことがあるからな」


「それで? 玄関ホールと地下で倒れていた黒服の男達は全員捕まえたけど、あいつらは何者なの?」


 実鈴が訊くと、相賀と翔太の雰囲気が急に張り詰めた。


「……」


 その雰囲気に気づいた実鈴が顔をしかめる。


「……あいつらは裏社会の中でトップの立場にいる組織だ。組織の人数は不明、目的も名前もわからない。けど、いつも宝石を奪うんだ」


「じゃあ、貴方達がいつも宝石を狙うのは……」


「そういうことだ」と頷いた相賀はソファの背もたれに寄りかかった。


「組織の人間の中には、一等星の名前で呼ばれている奴らが一定数存在している。多分幹部クラスの奴らだ。今わかっているのは、アルタイル、ベガ、デネブ、ベクルックスだ」


「そのベクルックスが大田君……?」


「ああ。おそらく間違いない。アルタイルが頭を下げてたくらいだから、多分相当偉いんだろうな」


 実鈴は驚いて声も出なかった。

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