第75話 怪盗達の対立
「普通の中学生がそんなところ行けるわけないから、ツテでもあったんだろうな。あと、あいつの本名は大沢伊月らしい」
「名字を変えてたってこと?」
「そうだよ」
ここで、ずっと黙っていた翔太が口を開いた。
「あと、相手にしてわかった。あいつは根っからの悪人だ。僕を撃つのにためらいがなかった。それに、すごい冷たい目をしてた」
「……僕はそうは思えないけどな」
また声が聞こえてきた。
「海音!?」
いつの間にか海音が病室に来ていた。病室の扉を閉め、三人に向き直る。
「僕、閉じ込められてた部屋で喘息の発作を起こしたんだけど、そしたら吸入器持ってきてくれたんだよ。僕の吸入器、リドデッキに落としてたみたいで。根っからの悪人だったら、そんなことしないと思うけど」
「いや、多分、渡部君に死なれたら困ることでもあったんだよ。見ている感じ、本当に殺そうとしているのは僕だけみたいだから」
「でも、あの目は本気で心配してたけど……」
「遠慮なく銃を撃つ奴にそんな心があるわけ無いだろ」
「……」
相賀は言い争う海音と翔太を交互に見ていた。
「まあ、言い争いは後にしておいたら? 今の状況じゃ、情報が少ないからなんとも言えないんでしょ? 今言い争っても仕方ないわよ」
実鈴の的を射た発言に、海音と翔太は黙り込んだ。
「それより、明日からテストが返ってくるわよ。高山君は早く退院して、戻ってきてね」
実鈴はそう言って病室を出ていった。
「……そういえば、今日日曜だったな」
ぼそっと呟く相賀の声が病室に響いた。
「じゃあ、テスト返すぞー」
永佑が数学のテストが入った茶封筒を持って教室に入ってきた途端、ブーイングが起こった。
「えー!?」
「突然かよ!」
「私今回英語がほんとにやばいよ……」
右手の甲に包帯を巻いた相賀は頬杖をついていた。その視線の先には、伊月がいる。
(もう五時間目か……ここまで襲ってこないということは、素のときは手を出してこないのか……? まあ、組織だって揉め事を起こして表社会に知られたくないか)
「木戸ー、早くこーい」
「あ、はい!」
考えにふけっていた相賀は永佑に呼ばれ、慌てて席を立った。
「あのなぁ、慧悟。お前頭の回転は早いのになんでこんなに点数がイマイチなんだよ。もっと頭を使えよ」
「無茶言うなよ竜。オレの頭は、こういうことには働かねーんだよ」
「いや、言ってることわかんねぇよ」
数学のテストが返ってきたクラスメートが思い思いに喋りだす。そんな中、伊月は受け取ったテストをろくに見もせずに机に置き、窓の外を眺めていた。
翔太はそんな伊月を探るような目で見ていた。
瑠奈達はアジトに集まっていた。
「吸入器を持ってきた……? 確かにおかしいねそれ」
話を聞いた瑠奈は顎に手を当てて考えだした。
「やっぱりそうだよね」
「……僕はまだそう思えないけどね」
身を乗り出す海音とは対象的に、腕組みをして壁に寄りかかった翔太は冷たく言い放った。
「……わかった。伊月についてはもっと情報が集まってから議論しよう。それより、ブルーダイヤだ」
黙っていた相賀はソファから立ち上がり、海音に目配せした。
「うん。あとで確認したら、僕達が盗んでいないはずなのにブルーダイヤがなくなってたんだ。それでオークション会場で大騒ぎになってたらしいよ。だから、多分会場に潜り込んでいた組織の人間が盗んだんだと思う。防犯カメラを調べてみたけど、映像が差し替えられていて犯人は映ってなかった」
「くっそ……」
相賀がギリッと奥歯を噛み締める。
「……一つ、言えることがあるよね」
瑠奈が口を開いた。
「最初は伊月がスパイだと思った。けど、組織に情報が漏れてたのは伊月が来るより前、つまり、伊月の他にスパイがいる。それに今回、組織が大きく出てきた。これから組織との対立が激しくなるかもしれない」
瑠奈の言葉に、一同の間の空気がピリピリと張り詰めた。
「で? フォーマルハウトはやってこれたのか?」
その夜。某ビルの会議室で会議が行われていた。スクリーンの前に立っていたアルタイルが長机についている黒服の男達に鋭い視線を向けた。
「当たり前だ。あんな簡単な警備、掻い潜れなくてどうするんだよ」
暗がりにいたフォーマルハウトは手にしていたブルーダイヤを投げた。それをキャッチしたのはベクルックスだった。
「前に怪盗Mが邪魔をしてきて手に入れられなかった宝石だ。ボスが喜ぶだろうな」
冷たく言い放ったベクルックスは宝石を持ったまま会議室を出ていった。
(……そろそろかなぁ……)
フォーマルハウトはベクルックスの背中を見送りながら口元に笑みを浮かべた。
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