第120話 体育祭①
「走れ慧悟ーっ!」
竜一の一際大きい声が響き、頭上にはペガサスが描かれた学級旗がはためく。
今日は体育祭だ。
クラス対抗リレーの代表の慧悟は、走っているうちに靴紐がほどけていることに気づいた。
(ヤベッ! 今転んだら……!)
チラリと後ろを見ると、三メートルほど後ろに三年生の女子がつけている。
(……やるしかねぇ!)
慧悟は靴紐がほどけて緩くなった右足の靴を走りながらトラックの外側に蹴り飛ばした。
『おっと黒野選手! 靴紐がほどけた靴を脱ぎ捨てたー! タイムロスを防ぐためか!?』
実況をしている三年生の放送委員が大げさに盛り上げる。
「その調子だ慧悟!」
「走れー!」
翼、香澄がクラスカラーの白のメガホンを口に当てて叫ぶ。
慧悟は二着の三年生の女子生徒とほぼ同時にオーバーテイクゾーンに滑り込んだ。その先には、利き手の左腕を後ろに伸ばした拓真が構えている。
「任せろや!」
「頼む!」
慧悟が拓真にバトンを渡し、手を離した途端、拓真は急加速した。
『二年チームアンカー・林選手! 早い! 三年Aチームをどんどん離していきます!』
「拓真くーん!!」
「もう少しだ!」
詩乃と海音も叫ぶ。脱ぎ捨てた靴を拾いに行った慧悟も固唾を呑んで見守る中、拓真は最後のコーナーを曲がった。あとは百メートルの直線だ。
いける――そう思った瞬間。視界が揺れた。
「え?」
躓いた――そう気づいたとき、拓真は倒れてしまっていた。
「あ!」
「拓真!」
秋穂、翼が声を上げる。少し離れた木陰にいた相賀と翔太もハッとした。
『林選手転んだー! ……様子が……?』
(何や、これ)
転んだだけなのに。体が動かない。
「大丈夫!?」
二着を走っていた三年A組の女子生徒が駆け寄ってくる。
返事もできないまま、唐突に視界が歪んだ。そして狭窄していく。
(何なんや……オレは……一体…………)
「拓真!」
どんどん閉ざされていく視界に、自分に駆け寄ってくる翼達の姿が、かろうじて見えた。
拓真が目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。
「……あれ……」
「拓真!」
まだ霞む視界に、誰かの顔が飛び込んでくる。
「安……どう……?」
「良かった……」
翼がホッと息をつく。
「あ、林君起きた?」
続いて顔を出したのは、養護教諭だった。
「微熱があったし、軽い熱中症だと思うよ。まあ、このくらいなら、少し寝れば治ると思うけど……」
「安藤……リレー、どうなったん……?」
「走ってた人みんなゴールまで行かなかったから、とりあえず中断されてるよ。あと十分位でやり直しするけど」
「そやったらオレ行かんと……」
「寝てなきゃ!」
翼はベッドから出ようとする拓真を慌てて止めた。
「僕が出るから大丈夫。拓真はまず治さないと」
「……スマンなァ」
拓真はうつむいた。今まで見たことがないほど気弱な表情をしていて、翼は胸の奥が締め付けられるような気がした。
「謝らないでよ。いくら対策しててもなるものはなるんだし。拓真、最近無理してるように見えたから、ゆっくり休んでよ」
「……ありがとな」
拓真がようやく笑い、翼も笑みを浮かべた。
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