第119話 待ってる

「待て」


 しかし、Aが静かな声で呼び止める。


「……!」


 Uはハッとした。Aは、溢れんばかりの怒りのオーラをまとっていた。


「確かに俺達は、スパイが誰なのかわかってない。でも、スパイの正体が俺達の仲間だったとしても、俺達は信じたいと思った人を信じる。仲間達を、信じる」


「…………」


 A達に背中を向けたままで話を聞いていたベクルックスは冷たく息を吐いた。


「……くだらない」


 そう吐き捨て、角を曲がっていった。


『A、追いかけなくていいの?』


 ずっと黙っていたRが尋ねた。


『もうこっちは終わってるから、追いかけるなら――』


「――いや、いい」


 AはRの言葉を遮った。


「今日は帰ろう」


『でも、A――』


「いいんだ。行こう」


 Tの声を強く遮ったAは歩き出した。


「ま、待って!」


 置いていかれそうになったUが慌ててAを追いかけていった。



 廃ビルを出て外に待機していた黒塗りの車に乗り込もうとしていたベクルックスはふと空を見上げた。赤、青、緑、橙の四つの人影が道路を挟んで反対側の民家の屋根に飛び移っていく。


「……」


 それを険しい表情で見たベクルックスは車に乗り込んだ。



(危なかった……あそこで遮らなきゃ、喋ってただろうな、あいつ……)


 アジトに帰ってきた相賀はソファに座り、険しい表情をしていた。


「どうして追いかけなかったの?」


 真正面に立った瑠奈が厳しい声で聞いてくる。


「……危険だ。最近のあいつは何をしだすかわからない。あいつが忠告しに来るなんて初めてだしな。だから追いかけなかった」


「せやかて……!」


「拓真」


 相賀は声をあげた拓真を見上げた。


「――皆の安全のためだ」


 拓真は相賀の目を見て思わず黙り込んだ。拓真を見据える相賀の目には光がなかった。ただただ真っ黒な感情のない目が拓真を見ていた。


「……そか」


 拓真はそれだけ言って地下室を出ていった。


「あっ、拓真君!」


 詩乃が慌てて追いかけていく。


「……相賀。一つ、言っておきたいんだけど」


 詩乃が地下室をでていきドアが閉まると、海音が口を開いた。


「相賀と伊月の間に何があったのかは知らないけど、僕達に当たるのはやめて。余計なお世話かもしれないけど、僕達は相賀が心配なんだから」


 海音はそれだけ言い、地下室の入口に向かった。


「か、海音君……!」


 雪美が海音を追いかけていく。


 一人残った瑠奈はソファに腰掛けた。


「――こんなに対立したの、皆が怪盗になるって言ったとき以来かな」


「……そうだな」


 相賀はうつむいたまま頷いた。


「まあ、隠し事の一つや二つ、誰にでもあるし。私は相賀が話せるまで待ってるつもりだから」


「…………ありがとな」


 少しの沈黙の後、相賀は顔を上げ、少し微笑んだ。

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