第52話 アクルックス

「そう言われてもなぁ……」


 休み時間。拓真はプリントを見ながらぼやいた。


「どの教科も五十以上取ったことないオレはどないしろっちゅうねん」


「赤点さえ取らなきゃ大丈夫だろ。拓真は土壇場で力を爆発させるからな。中総体でもそうだったろ?」


 相賀が言うと、拓真は「……まあな」とそっぽを向いた。


「ねえ、二人共」


 と、翔太と話していた海音が二人の元にやってきた。


「パーティーの件なんだけどね、石橋さん達も了承が出たんだって。あと、高山君も誘ったよ」


「大人数だな」


 相賀が苦笑いする。


「じゃあ、詳しいこと決まったらまた知らせるよ」


「おい林!」


 突然、教室の入り口から怒号が聞こえた。驚いて振り返ると、野球のユニフォームを着た二年生が立っている。


「何やってるんだ! お前今日掃除当番だろ!」


「あっ! すみません忘れとりました!」


 拓真は慌てて立ち上がり、二人に声をかける余裕もなくリュックを持って教室を飛び出していった。


「気をつけろよー!」


 相賀が声をかけるが、その頃には拓真の姿は視界から消えていた。



「なぁ」


 会議室で一人、パソコンを操作していたベクルックスに、長机に座ったフォーマルハウトが話しかけた。


「……何だ」


 ディスプレイを見ているベクルックスが面倒くさそうに返事をする。


「アクルックスって誰だ? 俺一等星になったばかりだからわかんないんだよ」


「……」


 少し黙ったベクルックスはおもむろに顔を上げた。


「―――のことだ」


「え」


 ベクルックスが出した名前に、流石のフォーマルハウトも驚く。


「……何でだ? アイツ、組織に入ってたのか?」


「いや、入っていない。だがこれから引き込む。どんな手を使っても……な」


 圧を感じさせる言葉に、フォーマルハウトはそれ以上何も言わず、会議室を出ていった。



「瑠奈、ここの計算どういうこと?」


 海音の家でテスト勉強をしていた中江詩乃は顔を上げ、正面に座っている瑠奈に声をかけた。


「あ、ここ応用問題だよ。けど基本がわかってれば……」


 瑠奈は立ち上がり、詩乃の側に寄った。


 相賀は数学の教科書を開いて頬杖をついていたが、内心は別のことを考えていた。


(……なんか……嫌な感じがするのは俺だけか……?)


 瑠奈、拓真、詩乃、海音、雪美、翔太――。


 自分の前で勉強している仲間。そんな中、相賀は嫌な感じを払拭できなかった。



「海音、友達何人呼んだんだ?」


 渡部邸のリビング。夕食を食べていた唯音ゆいとが口を開いた。


「いつものメンバープラス高山君だから六人だよ」


「ハハッ、大人数だな。桜音おとは?」


 軽く笑った唯音は隣に座っている桜音に話を振った。


「……雨月うつきちゃん。あと、ご両親がちょうど出張だから、妹の初月はつきちゃんも連れて来たいって」


「ああ、問題ないよ。じゃあ父さんにそう言っておくから」


 夕食を食べ終わった唯音は頷いた。


「あ、そうだ。二人共、最近名を挙げ始めた『プラネット』って会社知ってるか?」


「名前は聞いたことあるよ。宝石を取り扱う会社……だっけ」


「そう。今回、プラネットの社長も呼ぶことになったんだ。確か名前は……大沢おおさわすばるだったかな」


「へー」


「だから今回は宝石のオークションもやるんだ。二日目だけどね」


「オークション……?」


 桜音が首を傾げる。


「ああ、俺達は出ないよ。招待者が思い思いに出品する宝石を持ってきてやるんだって。父さんは様子見だけするつもりらしいけど」


 苦笑いした唯音は立ち上がった。



「……」


 相賀は自宅のベランダに置いた望遠鏡を覗き込んでいた。真剣な表情でネジを回し、ピントを合わせる。


「相賀ー!」


 と、隣の家から呼ぶ声がした。やれやれと振り返ると瑠奈が自室の窓から顔を出している。


「何してるのー?」


「……月を観察してるんだよ。珍しく晴れたからな」


 確かに、梅雨の時期にしては珍しく、雲一つない夜空が広がり、満月が煌々と輝いている。


「へー。テスト前なのに?」


 少し嫌味を含んだ瑠奈の言葉に、相賀はイラッとした。


「別にいいだろ。休憩だ。そういうお前こそ油売ってていいのか?」


「私だって休憩だし」


 少し頬を膨らませた瑠奈は満月に目を向けた。相賀も再び望遠鏡を覗き込む。


 優しい月光が、満月を眺める二人を照らしていた。

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