第206話 アクルックスとベクルックス

「なんのために俺が怪盗やってると思ってんだ。最初は母さんの遺言を守るためだった。でも、全てを知った今は違う。お前らに抗うためにやってんだ。俺の正体がみんなにバレても、それは変わらない。俺は組織には絶対に入らない」


 相賀の声に覇気が戻る。しかし、目には光がないままだった。


「人を大切に思わない場所なんて、ごめんだ」


「……なら、これならどうだ?」


 無表情だったベクルックスの顔に、嫌な笑みが張り付いた。と、


『……皆』


 Kの震えた声が通信機から聞こえてきた。



「……ごめん。やられた」


 ヘッドセットを首にかけたKはマイクを口元に近づけて話していた。その側頭部には――鈍く光る銃口が向けられていた。


 さらに、運転席に座っている宇野の頭にも銃口が向けられており、Yは涙目でKを見ている。


「……でもまさか、君達まで仲間だったなんてね」


 Kの頬に一筋の汗が流れる。銃の持ち主に目を向けると――冷たい目の、小柄な少女達。まだ、小学生くらいだ。そしてKは、この少女達を知っていた。


「雨月ちゃんに、初月ちゃん」



「な!?」


 声を上げたのは、相賀だった。


「それって、桜音ちゃんの友達の……!?」


「ああ、言ってなかったな、アクルックス」


 ベクルックスは嫌な笑みを貼り付けたまま言った。


「大沢雨月に大沢初月。コードネームはスピカ、レグルス。その二人も、父上の娘だ」


「てめえ……!」


 相賀が、憎悪すらこもった目でベクルックスを睨みつけた。


「いつも卑怯な手ばかり使いやがって……!」


「それが我々のやり方だ。貴様もわかっているだろう」


 ベクルックスの顔から笑顔が消える。


「貴様が組織に入るなら、渡部と朝井、執事を解放してやる」


「……そう言うだろうと思った。わかりたくなかったことだけどな」


 相賀はフェンスから体を離し、ゆらりと立った。


「もう一度言う。俺は、組織に入る気は無い。どんな手を使われても、絶対に」


「……まだわかってねえのか? スピカとレグルスはオレと違って普通に撃つ。貴様が抵抗すれば、三人は死を迎えるだけだ」


「オレと違って、ね……」


 相賀は微かに口角を上げた。


「お前こそ、自分の想いを自覚したらどうだ?」


「あ?」


 ベクルックスが片眉を引き上げる。


「お前は、組織の命令に従うことに迷ってんだろ。銃を撃てなくなったのも、思わせぶりな発言が増えたのも、そのせいなんだろ」


「――っ!」


 途端、ベクルックスの瞳が怒りに染まった。


「黙れ!! 貴様が口を出すな!」


 懐から銃を取り出し、相賀に向ける。


「木戸!」


「木戸君!」


 永佑と実鈴が声を上げる。


 相賀はまだ光のない目でベクルックスを見据えた。


「撃てんのかよ?」


「…………チッ」


 ベクルックスは舌打ちをした。銃を持った右手は、少し震えている。


(なんで……どうしてオレは……!)


 歯噛みをしたベクルックスは怒りに任せ叫んだ。


「スピカ! レグルス! 殺れ!!」


「ダメ!」


 Rが悲鳴のような声を上げる。しかし、通信機から二発の銃声が轟いた。

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