第122話 体育祭③

「頼む竜一!」


「ああ!」


 バトンを受け取った竜一は全速力で走った。ほとんど並んでいた三年Bチームを引き離し、二つ目のコーナーに差し掛かる。


「っ!」


 体を傾けすぎたか。そのまま横に倒れる。


「ああっ!」


「竜!!」


 愛が口を押さえ、テイクオーバーゾーンで待っていた慧悟が叫ぶ。



「っ……!」


 拓真は思わず窓を開け、身を乗り出した。


「相楽……!!」



「……負けるか!」


 すぐに起き上がった竜一は走り出した。擦りむいた左肘と左頬がヒリヒリするが、構っていられない。膝も擦りむいたのか、さっきよりも走るスピードが遅い。それでも、三年Bチームとほぼ同時にバトンを差し出す。


「――ありがとな、竜!」


 砂まみれになった竜一に笑いかけた慧悟は勢いよく走り出した。


『相楽選手、転びながらも黒野選手にバトンを繋いだ! 黒野選手、森選手を追いかけていきます!!』


(竜が、必死で繋いでくれたんだ……ぜってぇ一着で翼に渡してやる!)


 それだけを胸に、走った。森選手との距離が一気に縮まる。翼にバトンを差し出したのと、森選手がバトンをアンカーに差し出したのはほぼ同時だった。


「翼!」


「ああ!!」


 バトンを受け取った翼は思い切り走った。並走している三年Bチームのアンカーをちらりと見る。


(速いな。けど……芸能活動で鍛えてきた体力、見せてあげるよ!)


 翼は一気にスピードを上げた。あっという間に一つ目のコーナーを走り抜ける。


『は、速い……! 代理の安藤選手、見たことのない速さで一位をキープしています!』


「キャーッ! 安藤せんぱーい!!」


「頑張ってくださいー!」


 観戦している一年生が黄色い声を上げるが、翼は無視して走った。


「翼! 走れ!!」


「お前なら行けるぞ!」


 二年チームの待機場所の前を走り抜ける。爽やかな風に翻るペガサスの旗と、メガホンを持って必死に自分を応援してくれる仲間がいる。


「――ああ!」


 フッと微笑んだ翼はラストスパートをかけた。ゴールテープが目の前に近づく。


『――ゴール! 二年チーム、一着です!!』


「よっしゃぁぁ!!」


 実況者が叫ぶとともに、二年チームは一斉に翼に駆け寄った。



「はぁ……」


 リレーをずっと見守っていた拓真は力が抜け、大きく息を吐いた。


「すごいなぁ、安藤……」


 人差し指を立てた手を上げ、固まって飛び跳ねるクラスメートを見た拓真の顔に優しい笑みが浮かぶ。


「――ありがとうなァ、皆」



「――来るんじゃなかった」


 伊月は思わず舌打ちした。遅れて登校していた伊月は、校庭の隅の木の陰にいた。相賀達を避けるためだ。活を入れる声や実況者の声が頭に響き、顔をしかめる。


 来なかったら後でクラスメート(主に慧悟と竜一)からメッセージの嵐が来るため、一応来ては見たものの、自分がここにいる意味は微塵もない。


「帰るか」


 踵を返した時――「……伊月?」と声をかけられた。驚いて振り返ると、翼が立っていた。


「……安藤」


「来てたならこっち来なよ。ちょうど、今から綱引きなんだよ」


「興味ない」


 伊月は冷たく突き放した。

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