第168話 挑発

 数秒、呆然とチャットを見ていた瑠奈は、ハッとしてベッドから飛び降りた。クローゼットの扉を開け、奥に隠している怪盗Rのコスチュームに着替える。アジトにも着替える小部屋はあるが、詩乃も拓真も着替えるようになったため、瑠奈は家で着替えるようにしていたのだ。


 スマホをポケットに入れ、コスチュームの上にダウンを羽織った。そして着替えを入れた紙袋を持って部屋を飛び出す。足音をたてないように階段を駆け下り、玄関ドアの鍵を開けた。


「――瑠奈?」


 ドアノブをつかんだとき、突然背後から声がした。ビクッと振り返ると、パジャマを来た母親ののぞみが階段の中腹に立っていた。後ろには父親の悠里ゆうりもいる。物音で起こしてしまったのか。


「お……お母さん……」


 ――バレてしまった。瑠奈の思考回路が再び停止する。今止められるわけにはいかないのに……


 二人は階段を降り、その場から動けなくなってしまった瑠奈に近づいた。


「何してるの? どこに行くの?」


「……えっと……」


 どう言い訳するか。働くことを放棄した頭をなんとか回転させていると、ドアにはめ込まれた擦りガラスから月光が差し込んだ。その光がダウンの陰から覗いていたジャケットのRの文字を照らし出す。


「……望。あれ、まさか……」


 悠里が目を見開く。


「そう……やっぱり、そういう道をたどっていたのね」


 望がうつむき、小さく呟いた。


「え?」


 聞こえなかった瑠奈が訊き返す。


「行きなさい、瑠奈」


 望は顔を上げ、優しく微笑んで言った。


「やらなきゃいけないことがあるんでしょ?」


「……うん」


 少し唖然としたものの、力強く頷いた瑠奈は家を飛び出した。


「……悠里」


「ああ。ちゃんと話す時みたいだな」


 二人は閉まったドアを見つめながら呟くように言った。



「バレた!?」


 アジトに相賀の大声が響き渡る。


「両親にか!?」


「うん……でも、行きなさいって言われて……」


「どういうことだよ……」


 ソファに座っていた相賀が眉をひそめる。


 その時、扉が開き、四人が息を切らしながら飛び込んで来た。その一瞬で地下室内の空気が張り詰める。


「相賀、これ、本当?」


 海音は相賀にスマホの画面を見せた。そこには先程相賀が送ったメッセージが表示されている。


『翔太が人質に取られた』


 たったそれだけだったが、全員が血相を変えてここに飛んできたのだ。


「……ああ」


 相賀は悔しそうに顔を歪め、パソコンの画面を海音達に向けた。写っている写真を見た一同の表情が凍りつく。


「どういう……こと……?」


 雪美が思わず声を上げる。


 写真には――広いコンクリート壁の部屋が写っていた。壁際の中央にはパイプが通っていて、そこに翔太が縛り付けられていた。気絶しているのか、うつむいていて表情は見えない。


「二通目のメールに、ここの住所が書いてあった」


 相賀はそう言って二通目のメールを見せた。そこには写真の建物がある住所と、挑発めいた一文が書かれていた。


『貴様らなら来るだろう?』


「……オレらをバカにしとるみたいやな」


 拓真が静かに呟いた。が、ドスの効いた低い声だった。

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