第178話 お人好し
「それ以上近づくと投げナイフのリーチ内だ!」
Aが実鈴達を止めたのは、頭上にある回廊から狙えない死角の位置だ。実鈴達を狙うには、移動しなければならない。そうすると、どうしても実鈴達の死角からナイフを投げることはできない。機動隊は盾を持っている。投げている姿が見えるなら、なんとか防ぐことはできるだろう。
それを即座に理解した実鈴は手を上げて機動隊を制した。そして、A達の後ろに下がったベクルックスを鋭い目で見つめた。
「観念しなさい。このビルは制圧したわ」
「……本当にそうか? 貴様ら警察ごときに、オレの駒達を倒せるのか?」
ベクルックスは銃口を実鈴に向け、ニヤリと笑った。
「うわああああ!」
「下がって! はあああっ!!」
アルタイルの拳をギリギリで避けた警官の前に躍り出たRは思い切り蹴りを放った。
「はあはあはあ……」
肩で息をしながら周りの様子を伺う。この場にはアルタイルだけではなく、シリウスやベテルギウス、プロキオンもいる。TとUも交戦しているが、あまりにも分が悪い。
なにせ、機動隊もいるのだ。全員を庇いながら戦うのは容易ではない。それでも、この方法しかないのだから。翔太をここから連れ出す方法は、これしか。
「よそ見とは余裕だな!」
「キャッ!」
アルタイルの強烈な蹴りを受け止めるものの、弾き飛ばされる。
『機動隊! 怯まないでくれ!』
Kの鋭い声が無線機から聞こえる。
「うおおお!」
数人の機動隊がアルタイルに向かって走り出した。アルタイルが放った回し蹴りで二人が転ぶが、残った数人が一斉に足元にタックルする。
「っ!」
「そこっ!」
高くジャンプしたRはバランスを崩したアルタイルの肩に思い切り蹴りを放った。
「ぐあっ!」
蹴られた左肩を押さえたアルタイルが片膝をつく。
着地したRがチラリと見ると、シリウス達も苦戦しているようだった。
「……お前、随分腕を上げたな」
アルタイルが突然、そう言った。
「……まあ、あなたみたいなめちゃくちゃな奴と頻繁に戦っていればね。嫌でも腕は上がるわよ」
冷たく言い放った次の瞬間。通信機から聞こえてきた言葉に硬直した。
「……え?」
動き回っていたことで高くなっていた体温が急激に下がっていく。
「大田君! これは一体どういうことだ!」
五島警部が堪らず声を上げた。ベクルックスがゆっくりと視線を向ける。
「……見ての通りだ。探偵は仮の姿。本性はこっちだ」
「な……」
――事件現場で会った人の良さそうな少年探偵と、冷たい目をして拳銃を構えている目の前の少年。五島警部には、それらが同一人物だとは思えなかった。信じられなかった。
「佐東、貴様のお人好しはそこから来てるのか?」
「……っ」
実鈴が悔しげに唇を噛む。遠回しに自分を嘲笑っているのだ。大空の正体を、フォーマルハウトのことを見抜けなかったことを。
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