第179話 犯人

「……まあ、分の悪いことは確かだな」


 静かに言ったベクルックスは再び翔太に銃口を向けた。


「!」


 Aが腕を広げ、翔太を庇う。


「教えてやるよ高山。あの日、貴様の家族を殺ったのは、このオレだ」


「――っ!?」


 Aが、翔太が、実鈴が、目を見開く。


『そんな……っ』


 通信機越しに聞こえたK達も絶句する。


 無表情のままのベクルックスの脳裏には、あの日の景色が蘇っていた。



 ――あの日。ベクルックスは雪が舞う中、昼時の閑静な住宅街の一角にいた。黒塗りの車から降り、ある一軒家を見据える。道路に面した大きな窓にはレースカーテンがかかっていたが、灯りが漏れていて、小さな子どものはしゃぎ声がかすかに聞こえてくる。


(ガキもいるのか……好都合だ)


 組織に潜入していたスパイ・新妻にいづまルイ――高山レオン、本庄ほんじょう亜子あこ――高山とあ。その二人が夫婦で、息子が二人いることもわかっていた。ベクルックスは二人と面識はなかったが、まだ任務をこなし始めて日が浅いベクルックスに、佳月直々に命令が下ったのだ。


 羽織ったコートの内ポケットに愛用のベレッタが入っていることを確認したベクルックスは玄関に立った。靴の上からフットカバーをかけ、手袋をした手でドアノブに手を掛ける。


 鍵は――かかっていなかった。


 ベクルックスは拳銃を引き抜きながら堂々と家に入った。そして玄関のすぐ側にある引き戸を開ける。


「お帰り、翔太。早――」


 ダイニングテーブルに皿を並べていたレオンが振り返り、表情を凍らせる。


「……な、なんで……」


 レオンは、突然入ってきた少年が組織の人間だとすぐに気づいたようだった。僅かに後ずさりながら、そう言う。


「それは貴様が一番良くわかっているだろう?」


 ベクルックスはニヤリと笑みを浮かべた。


「ねえ、どうしたの―― ――!!」


 風斗とキッチンから出てきたとあの顔も一瞬で血の気が失せる。


「おにーちゃん、だれ?」


 そんな中、何も知らない風斗のあどけない声が張り詰めたリビングに響いた。


「風斗……っ」


 とあが悲痛な声を上げ、風斗を抱きかかえてベクルックスに背を向けた。レオンがその前に立ちはだかる。


「殺すなら殺せ! ただし、俺だけをな!!」


「風斗だけは……っ!」


 ベクルックスはそんな二人を嘲笑った。


「貴様ら、今の状況をわかって言ってるのか? 今、それを決めるのは貴様じゃない。オレだ」


 拳銃を構え直したベクルックスは氷のような冷たい表情になった。


「一つ訊く。もう一人の息子はどこだ」


「……誰が教えるか。教えたら、殺す気だろう」


「フン、意地を張っていられるのも今の内だ。我々を持ってすれば、居場所を割り出すことなど造作もない。もう一人の息子も、すぐにあの世そっちに送ってやるよ」


 捨て台詞を吐いたベクルックスは、サイレンサーをつけたベレッタの引き金を躊躇いなく引いた。花火が破裂するような小さな音が二連続で鳴り、レオン、とあの頭から鮮血が吹き出す。


 ベクルックスは血の海を踏まないように注意を払いながら倒れたとあの体を転がした。


「ママ……?」


 庇われたまま状況を飲み込めていない風斗に銃口を向けると、風斗はベクルックスを振り返った。


「あ……」


 まだ幼いその顔に、恐怖の色が張り付く。ベクルックスはさらに引き金を引いた。


 三人が事切れたのを確認したベクルックスはリビングを出た――

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