第180話 罪

「お前……っ!!」


 呆然としていたAの瞳に、炎が渦巻いた。


「よくもそんなことを!!」


「あいつらは組織に潜入していたスパイだ。いずれ殺られることぐらいわかっていたはずだ」


「ふざけるなっ!!」


 怒鳴ったAは立ち上がり、ベクルックスの胸ぐらをつかんだ。いつの間に拾っていたのか、左手にはベガが放ったナイフが握られている。


「木戸君!」


 それに気づいた実鈴が声を上げる。だが、Aには聞こえていなかった。


「人の命を何だと思ってる!? 翔太がその後どれだけ苦しんできたかわかってるのか! 翔太にも、風斗君にも、何も罪はないのに……っ!」


「……っ」


 横たわる翔太のオッドアイが潤む。こんな状況なのに。「罪はない」と言い切ってくれたのが、たまらなく嬉しくて。再び翔太を蝕んでいた罪悪感が、消えていく気がした。


 しかし、ベクルックスは無表情のままだった。


「『スパイの子供』。それだけで十分な罪だろう。怪盗になんかなって足掻くから、こうなるんだ」


「お前……っ!」


 フッと息を吐いたベクルックスはAの足を払った。


「うわっ!」


 怒りで注意力が落ちていたAはその場に倒れた。


「……今回は撤退する。埒が明かない」


 拳銃を懐にしまったベクルックスは、背中を打ってすぐに動けないAの側にしゃがみ込んだ。


「……貴様は本当に仲間に信じられているのか?」


「……!」


 Aがハッとした瞬間。ブレーカーが落ち、ビル中が真っ暗になった。


『何や!?』


「しまった、逃げられる!」


「灯りの復旧急いで!!」


『電気室は一階だ!』


 一同の叫び声が飛び交う中、実鈴は閉まっていた遮光カーテンに飛びつき、勢いよく開けた。いつの間にか登っていた朝日が差し込み、部屋が一気に明るくなる。だが、そこにベクルックスの姿はなかった。回廊の上にいたベガも消えている。回廊の突き当りの壁の隠し扉が開いていた。


「あそこから!」


「今すぐにビルの外を固めて! 逃げられるわ!」


『皆! すぐにビルから出て!』


「……っ」


 悔しげに奥歯を噛み締めたAは床に手をついて起き上がった。


「爆処理! 一応ビルをくまなく捜索して!」


「はっ、はい!」


 実鈴の声が響く中、Aはサングラスを取りながら倒れている翔太に近づいた。


「翔太! まだ頑張れそうか?」


 声を掛けるも、翔太は目を閉じたまま動かない。


「……翔太? おい翔太! 起きろ! 翔太!!」


 相賀は慌てて手袋を外し、翔太の脈を測った。


(弱すぎる……! このままじゃ!)


「実鈴! 翔太がやばい!」


「わかってるわ! 救急車を待機させてるからすぐに乗せて!」


「ああ!」


 相賀は慌てて翔太の肩に手を回し、立ち上がった。その時、翔太の頭に巻かれたガーゼが明らかに血に染まっているのが見えた。


(くそっ、こんな状態で……もしかしたら、本当に……)


 頭に浮かんだ最悪の考えを、首を振って振り払う。


(そんなわけない! 絶対、間に合う……間に合わせる!)


 相賀は翔太を引きずるようにしながら外に向かった。

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