第213話 自首

 と、ベクルックスは、ズボンのポケットに手を当てた。そこから取りだしたのは、スマホだ。スマホの画面を見たベクルックスから、血の気が引いていく。


 スマホを耳に当て、一言、二言交わしたベクルックスは、スマホを操作し、A達に向けた。


『――それで勝ったつもりか? 那月』


 冷たい男の声。


「――!!」


 Aの顔色が、変わる。


「大沢、佳月……!」


「え!?」


 怪盗達が驚いて振り返る。


『幹部達が捕まろうがどうでもいい。そいつらはただのコマに過ぎない。失敗したのだから、本来ならばそこで、ベクルックスが粛清するはずなのだがな』


 温度のない、低い声。自分の部下を、道具として見ているような発言。


 Aの表情がさらにこわばった。


 もう大きくなっていたサイレンの音が、消える。


「人の命を、なんだと思ってんだ……!」


『知らないのか? 人は、簡単に死ぬ。そもそも、命を落とすきっかけを作ったのは他ならない、自分だ。自業自得だろう?』


「ふざけやがって……!」


『まあいい。もう幹部達に用はない。ベクルックス、貴様は戻ってこい。――アクルックス』


 コードネームで呼ばれ、Aの瞳に渦巻いていた炎が少しだけ弱まる。


『これで終わりだと思わないことだな。どう足掻こうが、お前の運命は変わらない』


「……変えてやるよ。どんなに醜く足掻いても俺は、そんな運命は認めない! 全部変えてやる!」


 今まで真っ暗だったAの瞳に、少しだけ光が宿る。


『……その威勢、いつまで続くか楽しみだな』


 一方的に、電話が切れる。


 それと同時に、階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。


 ガンッ! と派手な音がして、生徒達は驚いて振り返った。


 コンクリートブロックに邪魔され、少ししか開かないドアの隙間から、紺色の制服が見え隠れしている。


「警察だ! ここを開けろ!」


「実鈴君! 大丈夫か!?」


 何人もの警官の声に、五島警部の声が混じる。


「警部……」


「とにかく、ブロックを避けよう!」


 永佑が叫び、一同は慌ててブロックをドアから離れた場所に移動させた。最後のブロックを移動させ終わった瞬間、十人ほどの警官と五島警部が屋上になだれ込んでくる。


 警官達は、屋上の中心で拘束されている幹部達に驚き、足を止める。


 一同は、そこで気づいた。


 怪盗達の姿が、どこにも見当たらないのだ。ただ立ちすくんでいるベクルックスだけが残されている。


「あいつら、いつの間に!」


 永佑が思わず叫んだ。


 と、息を切らしながら、教頭が飛び込んできた。


「そ、その黒服の人達です! 不審者というのは!」


 教頭の声に、警官達は幹部達の元に走っていく。


 五島警部は、実鈴に駆け寄った。


「実鈴君! こんなボロボロで……!」


「私は大丈夫です、警部。ただ、怪盗達は逃げてしまいました」


「怪盗もいたのか!?」


 五島警部の大声に、警官達が驚いて振り返る。


「……いえ、逃げられたのはいいんです。ただ……」


 実鈴が顔を上げる。五島警部が視線の先を追うと――幹部達が逮捕されていくというのに、ただ立っているベクルックスがいた。


 五島警部は、ゆっくりとベクルックスに近づいた。


「大田君。話を聞かせてもらってもいいかな?」


 感情を込めない声で尋ねると、ベクルックスはゆっくりと両手を上げた。


「……オレは二年前、高山レオンとその妻、次男を殺した」

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