第209話 重なる面影

「辻!?」


「香澄さん!?」


 永佑と実鈴が同時に叫ぶ。


「私にも手伝わせて! 皆がこんなに苦しんでるのに、傍観なんてしてたくない!」


「やりやがったなガキ!」


 ベテルギウスが拳を握り、香澄に飛びかかる。


「ダメ! 危ない!」


 Rが叫ぶが、香澄はフッと息を吐いて構えた。その構えは――


「空手……?」


 香澄は突き出された右ストレートをかわし、


「はっ!」


 強烈な中段蹴りを決めた。


 Rは、そのフォームに見覚えがあった。


「……まさか……」


『元気になったら、また試合しよ!』


 翔太のことで悩んでいた時、空手教室で瑠奈を負かした少女。香澄は髪を下ろしてメガネをかけているが、少女の面影が香澄に重なる。


「香澄ちゃん!?」


「やっぱり気づいてなかったんだ」


 苦笑した香澄がRを振り返る。


「反応的にそうだろうなあとは思ってたんだけど。メガネないからって、そんなに気づかない?」


「……てめェ……」


 膝をついて腹を押さえていたベテルギウスがドスの効いた声を出し、香澄はハッとしてベテルギウスに目を戻した。


「大人しくしていれば手は出さなかったのによォ……調子乗ってんじゃねえぞ……」


(まずい!)


 フォーマルハウトの回し蹴りをバク宙で避けたXはクッと奥歯を噛み締めた。


(あいつはきっと、キレたら周りが見えなくなるタイプだ!)


(厄介な……!)


 Rも歯噛みする。今すぐに香澄の元に行きたいのに、アルタイルが進行方向を塞ぐように対峙してくる。


 恐らく、香澄の実力は瑠奈とほぼ同等だ。だが、訓練を受けているベテルギウスと渡り合えるかと言えば、そうではないだろう。


 実鈴がまだ動けない以上、自分達が行くしかない。


「邪魔!」


 Rは思い切りジャンプした。アルタイルの肩に手を着いてくるりと回り、着地する。


「はああっ!」


 走る勢いを乗せ、ベテルギウスに拳を突き出す。


「ぐあっ!」


 死角から飛んできた拳に気づかなかったベテルギウスがもろに食らい、拳が当たった胸元を押さえながら数歩後退する。


 その時、Rは、自分のものでも香澄のものでもない拳が突き出されているのに気づいた。


「僕の手伝いはいらなかったかな?」


 そう言って笑ったのは――


「翼君!?」


「僕さ、モデルやってる以上、体も鍛えなくちゃなんだよね。だからキックボクシングやってるんだよ。……まあ、どのくらい役に立てるのかはわからないけど。香澄さんが手を貸すって言うなら、僕だって黙っていられないよ!」


「貴様ら正気か……!?」


 ベクルックスが目を見開く。


 まさか、クラスメートが乱入してくるとは思わなかったのだ。


「死ぬかもしれねえってのに、なんで――」


「そんなの決まってる」


 ベテルギウスと交戦する三人を見守りながら、光弥が口を開いた。


「『友達』だから。困ってるから、助けを求めてるから、手を差し伸べる。危険な状況だとしても。それに理由なんていらないから」


 ベクルックスの胸が、絞められたように苦しくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る