第210話 友達

(どいつもこいつも、なんなんだよ……っ)


 なぜ、こんなに思い通りにならないのか。


「ほんっとに、このクラス戦闘能力高くねーか?」


 腹を押さえたベテルギウスが、地面に片膝を着く。そして、乾いた笑みを漏らした。


「つか、三対一はさすがにねーだろ。ま、これ以上足掻いても勝ち目なさそうだな」


「な、貴様、何言って――」


「伊月」


 慧悟が、慌てるベクルックスの言葉を遮った。


「悩んでんだろ? 困ってるんだろ? 聞かせろよ。オレ達とオメー、もう友達だろ」


「っ…………!?」


 それは、ベクルックスにとってあまりにも衝撃的な言葉だった。


(こいつ、何言って……?)


 友達? なんで?


「――何言ってやがる!? オレは、貴様らに銃を向けたんだぞ!? なんでそんな風に言えるんだよ!」


「まあ確かに、裏社会の人間だとか、銃持ってたりとか、びっくりしたけどさ」


 竜一がニカッと笑う。


「友達って、いつの間にかなってるもんなんだよ。大田はクリパとか文化祭とかめちゃくちゃサボってたけど、そんなのは関係ねえ。同じクラスで過ごしたなら、もう友達だろ」


 ベクルックスの瞳が、揺れる。


 全くわからない。友達など、持ったことがないから。どうして、そんな屈託なく笑えるのか。


 自分は、こいつらを人質にしたんだぞ?


 だが、そう言われても、今までのような嫌悪感はあまり感じていなかった。むしろ、微かに嬉しささえ感じている。


 一体、どうして。


「お前は、どうしたい?」


 ふと、Aが口をひらいた。


「組織の命令なんて、一回全部忘れろ。お前が『大田伊月』として、どうしたいのか聞かせろ」


「……知らねえって。組織の命令を抜きにしたって、オレは、貴様らとは住んでる世界が違うんだ」


 自分がどうしたいのかなんて、そんなの、わからない。考えたこともない。


「世界とか関係ねえよ。お前が本当に思ってること、お前が今やってる事が本当にやりたいことなのか、って聞いてんだよ」


「……そう思わなきゃ、いけないんだよ」


 そう答えたベクルックスの声は、今まで聞いたことがないほど弱々しかった。


(……これ以上言っても、無駄か)


 何を言っても、頑なに認めようとしない。どうしてかはわからないが――


(……いや、そうか。お前は、裏切りたくないんだな)


 裏切れば、即刻制裁される組織だ。ベクルックスは、その呪縛から抜け出せないでいる。


 そしてベクルックスは、忠誠心が高い。組織のボスを――自分の父親を、裏切りたくないのだ。


 と、その時。Aは、校舎内へ繋がる扉が開いているのに気づいた。



「み、三浦先生!?」


 ベクルックスとAのやり取りを固唾を飲んで見守っていた永佑は、背後から聞こえた声に驚いて振り返った。開いた扉から、教頭の顔が覗いている。


 一人が通れるほどの隙間しか開けなかったため、小太りの教頭では通れなかったのだろう。だが、怪盗達や幹部達の姿は十分に見える。


「これどういうことですか!? 早く逃げてください!」


「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから、戻って大丈夫です!」


 永佑は慌てて扉を閉めようとした。しかし、教頭はドアノブをつかんで押し返してくる。


「どこが大丈夫なんですか!? 通報しましたか!? どう見ても安全ではないですよね!? 早くこっちに来てください!」


「それについては生徒に危険はありません! すぐに教室に戻りますから!」


 永佑は、半ば体当たりするように扉を押し込んだ。バタンとドアが閉まり、永佑が息をつく。


「……邪魔が入りやがった」


 舌打ちをしたベクルックスは、険しい表情をした。


(さっさと終わらせねえと。面倒になことになりやがって……)

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