第21話 裏切り 

「うっ……」


 爆発でふっ飛ばされて意識を失っていたRは目を覚ました。


「!? これは……!」


 Rの周りは、爆発の影響で火の海になっていた。天井のあちこちが崩れ、黒煙が立ち込めている。Rは激しく咳き込んだ。


(ダメだ……。このままじゃ……一酸化炭素中毒で死んじゃう……!)



 一階に降りて裏口から外に出たAは、近くの植え込みの中にジャケットやサングラスを隠し、ツインタワーの前に回り込んだ。


 十二階から激しく炎が吹き出し、煙が空に立ち込めている。炎は十階の連絡橋を伝ってサンタワーにも広がっていた。野次馬が数人集まっていて、遠くから消防車のサイレンが聞こえてくる。


「瑠奈! 聞こえるか!?」


 相賀は通信機に向かって叫んだ。



 煙が来ていない壁のくぼみに移動していたRの耳に、相賀の声が聞こえてきた。


「相賀……。私……もう逃げられないよ……」


 Rは肩で息をしながら力なく言った。



 相賀は力のないRの声を聞いて歯噛みした。


「諦めるな! まだどこかに逃げ場があるはずだ! 今からそっちに――」


『やめて……』


 Rは相賀の言葉を遮った。


『今来たって……。一酸化炭素中毒で死んじゃうよ……。だから……来ないで……』


「ふざけるな!! 見殺しにしろって言うのか!?」


 その時、何台もの消防車や救急車やパトカーがタワーの前に止まった。


 消防隊員や警察が野次馬の誘導やタワーへの放水を始める。


『相賀……。今まで、ありがとう……』


「――っ!!」


「ほら、君も下がって」


 呆然とする相賀に消防隊員が近づいてくる。しかし、相賀は隊員の手をすり抜け、タワーに向かって駆け出した。


「ちょっ、君!」


 隊員は慌てて相賀の腕を掴んだ。


「離せ! 離せったら……!!」


 相賀は隊員の手を振りほどこうと腕を振り回した。



 炎に包まれたムーンタワーの中でRは激しく肩で息をしていた。


「ダメかな……私……もう……」


 Rは薄く笑みを浮かべた。だんだん意識が薄れてくる。


 視界が完全に暗くなる直前、翻る黒い布が見えた。



「ダメだって! そっちは……」


 隊員が相賀の腕を引っ張ったその時、大きな音を立ててツインタワーが崩れ落ちた。


「退避ーっ!!」


 パトカーが数台瓦礫に押し潰され、野次馬もパニックになりながら逃げていく。


「あっ……ああ……」


 相賀はガクリとその場に膝をついた。


「うあああああーっ!!!」


 相賀の絶叫は黒煙とともに空に吸い込まれていった。

 


 ビルの屋上でツインタワーが崩れるのを見ていた男はフッ……とほくそ笑んだ。


「完璧だ。後はアイツを……」と呟くと、踵を返して屋上の出入り口に向かった。



 呆然とする相賀の通信機からノイズが聞こえてきた。


「!?」


 相賀がハッと通信機に耳を傾けると――。


『A、デカい声出すなよ。耳がイカれる』


「その声……翔太!?」


 間違いない。高山翔太の声だった。


『アメジストを盗みに来たんだけど、急にタワーが爆発してね。退散したんだ。どうせ、アメジストはもう君が盗んでるんだろ?』


「あ、ああ……。って、翔太! お前今どこにいるんだ!? それ、瑠奈の通信機――」


『だから、デカい声出すなって。彼女はもう僕が助けてる。地図送るから、僕の家に来て』


「……」


 瑠奈が無事だと知った相賀は息をつき、近くのフェンスに寄りかかった。



 通信機を耳から外した翔太は側のベッドで眠っている瑠奈を振り返った。所々煤で汚れて服が焼け焦げているが、無事そうだ。


 翔太はフッと息をついた。


「よかった。今度は……助けられて」


 呟き、哀愁漂う笑みを浮かべた。



 翔太が住んでいるアパートにやってきた相賀は、まだ眠っている瑠奈を見て肩の荷が降りたようにベッドに手をついた。


「良かった……」


 ハァ……と息をついた相賀は翔太を振り返った。


「ありがとな。ところで、お前は火傷とかしてないのか?」


「舐めないでよ。僕の服は防火・防水性の布でできてるんだ。少しくらいなら何とかなるよ。後は消火器で何とか、ね」


「どこから入ったんだよ?」


「十階からだよ。僕が来たときはまだそこまで広がってなかったからね。窓ガラスを割って入ったら、石橋君を見つけたんだ」


「なるほどな」


「ところで……」

 

 突然、翔太が真面目な表情になった。


「やっぱりあれはテロなわけ?」


 翔太が尋ねると、相賀は顔を上げ、頷いた。


「瑠奈から送られてきた写真だ」とスマホを翔太に見せる。


「見た感じ粘土みたいだからおそらくプラスチック爆弾だと思う。タイマーとかもなかったから無線式だろうな」


「君達が盗みに入ったタイミングで爆弾が仕掛けられていて巻き込まれた。……多分、君達か僕を狙ってたんだろうね。おそらく組織が」


「ああ。いよいよあいつらが本格的に動き出したってことか……」


 相賀は険しい表情を浮かべた。


 その時、「ん……」と瑠奈が声を上げた。


「瑠奈!」


 相賀が振り返ると、瑠奈はゆっくりと目を開いた。


「相……賀……?」


「良かった……」


 相賀の目は再び潤んでいた。


「何で……翔太が……。あ、もしかして……」


 瑠奈は、意識を失う直前に視界に入り込んだ黒い布を思い出した。


「あれって……」


「うん、僕のマント」


「……ありがとう」


 瑠奈はまだ意識が朦朧としながらも薄っすらと微笑んだ。



「な、何で……。お、お前は仲間で……」


 銃口を向けられた男が後退る。その先は崖だ。波が岩肌にぶつかっては砕けていく。


「残念だったなぁ!!」


 男の怒声と共に、一発の銃声が響いた。胸を撃ち抜かれた男が、崖から吹っ飛んで海に落ちていく。


「フッ……。俺を信じ切っていたお前の負けだな」


 と吐き捨てたのは、ビルの屋上で爆弾の起爆ボタンを押した男だった。


 今撃ち殺されたのは、共謀していた男だ。


「よくやったな、お前」


 とやってきたのは――アルタイルだった。


「ベクルックス様の許可も降りた。お前は今日から一等星、プロキオンとして活動してもらう」


「ハッ……。偉そうな口聞くなよ? プロキオンてーことは、冬の大三角だろ?」


「ああ。自分達夏の大三角の次に地位の高い、な」


「ホー……。ま、いいか。そんじゃよろしくな、アルタイル」


 男――プロキオンは笑みを浮かべて去っていった。それを険しい目で見ていたアルタイルも、やがて踵を返して去っていった。


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