第97話 大丈夫

「……うん、大丈夫」


「でも、顔が……」


 海音は、唯音の視線が自分の左頬に注がれているのに気づいた。触ってみると、指に少し血がつく。眼鏡のレンズか何かで切ってしまったようだ。


「ああ……このくらい大丈夫だよ。それより兄さん、学校は……」


「こんな時まで人の心配するんじゃない! 本当にお前は……」


 海音の肩を掴んでいた唯音はうなだれた。


「……もう少し、自分の心配してくれよ……ミルキーウェイ号の時だって……じいやに休めって言われても休まないで動き回って……」


 唯音の声が震えてきた。


「……いつか、お前が潰れそうで、怖いよ」


「……」


 唯音の本音を聞いた海音は黙ってしまった。ふと桜音を見ると、桜音も声を殺して泣いていた。宇野もうつむいている。


「……僕は大丈夫だよ」


「そういう大丈夫は一番信用できない」


 唯音は食い気味に海音の言葉を否定した。


「そうじゃなくて……本当に大丈夫。僕には……兄さん達や、仲間がいるから」


 そう言い、廊下の奥を見やる。


 唯音も振り返ると、廊下の角から様子を伺っている相賀、瑠奈、拓真、雪美、翔太、そして学校から駆けつけた詩乃がいた。


 海音達の側には実鈴も立っている。


「……そうだな」


 唯音が海音から離れ、少し潤んだ目で微笑む。


「ありがとう、兄さん。来てくれて」


「当たり前だ」


 唯音は軽く海音の頭を小突いた。


「桜音もじいやも来てくれてありがとう」


「無事で良かった……」


 宇野がホッとしたように息を付き、桜音もわずかに微笑みながら頷く。


 黙って様子を見ていた実鈴、角から様子を伺っていた相賀達の顔にも笑みが広がった。



「……使えない奴らだ」


 会議室でデネブから報告を受けたベクルックスは舌打ちをした。


「仕方ねぇ。デネブ、手回しとけ」


 息を付きながら立ち上がり、会議室を出ていった。



「海音が誘拐!?」


 学校に戻った相賀達は、海音が誘拐されて病院に行ったことをクラスメート達に伝えた。


「それ大丈夫なのかよ!?」


 慧悟が相賀に迫る。


「ああ。佐東さんが警察と一緒に助けてくれた」


 相賀は自分達のことは伏せて話した。


「それで、犯人は?」


 翼も身を乗り出す。


「全員捕まえたわ。渡部君も特にケガしてるわけでもなさそうだから大丈夫」


「そうか……」


 翼がホッとしたような表情をする。


「渡部君は病院で検査を受けてもらって、異常がなければ学校に戻ってくるそうよ。それまで片付け進めましょ」


 実鈴が教室を出ていき、クラスメート達もホッとした表情で視聴覚室に向かった。



「なっ……!?」


 その夜。地下室でパソコンを操作していた相賀は送られてきたメールを見て目を見開いた。


「まさか……!」


 何かに気づいた相賀は猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。

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