第190話 忠告

 その夜。消灯時間になり、翔太はベッドに仰向けに寝転がった。額に右腕を乗せ、天井を見つめる。


(……どうして伊月は、あんなに忠告に来るんだろう)


 翔太はずっと不思議に思っていた。


 なにか危害を加えようとするなら、忠告なんてせずに行動してしまえばいい。それなのに、なにか大きな出来事が起こる前には、必ずベクルックスが声をかけに来ている。


 全てを知っている翔太には心当たりが無いわけでもなかったが、それでもおかしい。


 ベクルックスが去った後の、相賀の話を思い出す。


『お前を助けた時、おかしいと思ったんだ。あいつらは、お前を俺達を釣るエサにした上、殺ろうとした。それなのに、なんであんな逃げやすい拘束だったのかわからなくて』


 そういえば、翔太を拘束していたのはただのロープだった。組織には、ピッキングできない特殊な鍵を使った手錠もあったはずだ。それを使われていれば、あんな簡単に翔太を助けることは出来なかった。


 そもそも、十歳年下の子どもにも銃を撃っていたはずの伊月が、撃てなくなったのは何故なのか。それがわかれば、忠告の理由もわかる気がするのだが……


「……わかんないなあ」


 翔太は寝返りを打ち、布団にくるまった。



「二日後に決行する」


 病院から帰ったベクルックスは会議室にいた。


「明日の昼頃に動画を送る。それで動揺させ、その次の日に畳み掛ける」


 感情のない淡々とした説明が会議室に響く。


「来るメンバーは、アルタイル、ベガ、シリウス、ベテルギウス、プロキオン、それと……フォーマルハウト」


「お」


 一番前の長机についていたフォーマルハウトが反応する。


「良いのかよ、俺行って」


 スクリーンの前に立っていたベクルックスは真っ暗な目でフォーマルハウトを見た。


「あいつと決着をつけたいんじゃなかったのか」


「ハッ……まさかこんな早く実現するとはなあ」


 フォーマルハウトがニヤリと笑う。


「今挙げたメンバー以外は外で待機してろ。あそこは狭い。これ以上入ったら誰も動けなくなるからな。ハッキングも今回はいらない。電話だけ繋がらないようにしておけ」


「わかった」


 デネブの表情のない顔が、パソコンに照らされて不気味に浮かび上がる。


「……アクルックスを早く組織に引き入れろという、ボス直々の命令だ。失敗は許されない。心してかかれ」


 ベクルックスは、それだけ言って会議室を出ていった。



 会議室を出たベクルックスは、ビルの屋上に来ていた。冷たい風が容赦なく吹き付けてきて、コートを羽織ってこなかったことを軽く後悔する。澄んだ夜空に浮かぶ冬の大三角を見上げながらため息を着く。


(……どうしてこうも、やる気が出ない?)


 そもそも、アクルックスを組織に引き入れるためにあのクラスに潜入したのだ。それなのに、どうしてこんなに胸がざわつくのか――


(……いや、よそう)


 ベクルックスは軽く首を振った。


(どうせ考えたって、答えは出るわけねえ。それよりも今は、アクルックスの件を優先すべきだ。じゃねえと……オレが、消されるんだからな)


 ベクルックスは組織のボス――佳月の息子だ。だから今まで、翔太抹殺に失敗しても、アクルックスを組織に引き入れるのに失敗しても、殺されずに済んでいる。だが、いい加減任務を達成したい。


 そうじゃないと、自分が許せない。


 フッと吐いた息が白くなり、一瞬で消える。


 ベクルックスは踵を返し、ビルの中に戻って行った。

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