第192話 嵐の前の静けさ

「…………」


 翌日の朝。いつもより早めに学校に着いた永佑はデスクにつき、険しい表情をしていた。脳裏に蘇るのは、昨日送られてきたメールだ。


(なんだよ、あのメール……)


 イタズラにしては手が込みすぎている。だが、警察に連絡するわけにもいかない内容だった。


 生徒達にこのことを話すか、話さないか。それが、一番の悩みの種だった。


(言っても言わなくても誰も幸せにならない。どうすれば……)


「先生……三浦先生……三浦先生!」


 肩を叩かれ、驚いて顔を上げる。そこには、教頭が立っていた。


「大丈夫ですか? 朝の会議始めますよ」


「えっ」


 慌てて時計を見ると、時間は八時二十分を指していた。周りの教員が心配そうに永佑を見ている。


「すみません……」


 永佑は恥ずかしそうに縮こまった。



「明日退院って言われたんだけど、僕、家戻ってもいいのかな」


 翔太は、屋内庭園で電話をしていた。


「いい加減、僕の家で待ち伏せしててもおかしくないからさ。一応、大家の水野さんは何も無いみたいだけど」


『大丈夫だとは思うけどな。最近、アイツらの動きがないんだよ』


 相賀は寝起きなのか、欠伸を噛み殺しながら言った。


『いつも何かしら動いてるんだよ。裏組織の人間を取り込もうとしてたりとか、外国進出の手筈を整えてたりとか。けど、今は動きがつかめない。嵐の前の静けさと言うべきか……』


 相賀の話は、歯切れが悪い。


「……そうじゃなきゃ、いいけどね」


 今度はどう出てくるのか。組織は、時々とんでもない行動を起こす。動きがつかめないというのは、だいぶ痛い。


『で、家のことだけど、別に戻って大丈夫だと思う。けど、拓真、詩乃さん、雪美さんは学校に行ってる時間は海音の家にいるんだ。あの三人は、怪盗だと親にバレてないからな。だから、お前も海音の家行って大丈夫だ。海音もそう言ってるし』


「……わかった。気が向いたら、行くよ」


 翔太が答えると、相賀のため息が聞こえてきた。


『そう言うと思った。……一応言っておくけど、お前が思ってる以上に、俺達はお前のこと心配してんだからな』


「わかってるよ」


『わかってねーから言ってんだよ……』


 思わず、翔太の頬が緩む。


「……ありがとう」


『……もう無茶すんなよ』


 相賀のぶすっとした声が聞こえ、電話が切れる。


 フフッと微笑んで窓の外を見ると、黒い雲が垂れ込めた空から雪が舞っている。


 翔太はもう、雪が嫌いではなかった。



「……じゃあ、問十を解いてみてくれ」


 永佑のクラスでは、数学の授業が行われていた。生徒がノートに数式を書き付けていく中、永佑は教卓につき、うつむいていた。


 どうすればいいのか、まだ判断がついていなかった。


 そんな永佑を、実鈴は訝しげに見ていた。


(先生がおかしいって話は聞いてたけど……確かにそうね。いつもより書き間違えや言い間違えが多い。何か考え事かしら)


 問題を解き終わった実鈴は窓に目を向けた。昨日に引き続き、雪が舞っている。窓から見える住宅の屋根はうっすら白くなっていた。



「……十分後に計画を始める。全員、配置につけ」


 コートを羽織ったベクルックスは黒塗りの車に寄りかかり、電話をしていた。


 電話を切り、顔を上げる。


 その視線の先には――星の丘中学校があった。

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