第147話 皆を守れるなら

「くっ!」


 ベクルックスはAの放った蹴りを紙一重で避けた。しかし、バランスを崩し、実鈴のパンチが左肩に当たる。


「っ……!」


「まだやるか? ベクルックス」


 Aが冷たい声で訊いてくる。


 ベクルックスは左肩を押さえながら息を吐いた。


(くそっ……なんで……なんで銃だけじゃなく手も出せないんだ……!)


 蹴りやパンチを放とうとしても、体がうまく動いてくれない。防戦一方だ。


「……まあいい。時間稼ぎはできたようだからな」


「時間稼ぎ?」


 実鈴が訊き返す。


「ああ。――終わりだ」


「――!!」


 Aと実鈴は同時に振り返った。が、Aが数段速かった。


「伏せろX!!」


 部屋の入口に立っていたXを狙い、曲がり角の陰から拳銃が覗いている――!


 AがXに飛びついた瞬間――銃声が響いた。


「ぐあっ!」


 悲鳴を上げたAが目を見張るXと一緒くたに倒れる。


「きゃああああ!!」


「木戸君!!」


「Aっ!!」


「フォーマルハウトっ!!」


 紬、実鈴、X、ベクルックスの声が同時に廊下に響き渡った。


「木戸君! しっかりして!」


「ううっ……」


 Aは床に転がり、歯を食いしばって右腕を押さえていた。ジャケットが徐々に赤く染まっていく。


(ああっ……)


 一方、起き上がったXは呆然としていた。


(また、僕のせいで……)


 実鈴にハンカチを巻かれているAを見下ろす。


(誰かが傷付いて……)


 自分を庇ったせいで。



「チッ」


 一方、Xを狙っていたフォーマルハウトは舌打ちをした。Aが飛びついた際、死角になってしまったのだ。


「貴様、何を考えている!?」


 と、鬼のような形相をしたベクルックスが噛みついてきた。


「……何に怒ってるのか知らないが、そこをどいてくれないか」


「木戸に手を出すなとあれほど言っただろう!」


「知らねーよ。俺はXを殺そうとしただけだ。Aが勝手に飛び込んできただけだよ」


「撃つのをやめればよかっただろう!」


「無茶言うなよ」


 フォーマルハウトはため息をついた。


「言いたいことはわかる。だがな、それならお前が足止めすればよかっただろう。俺が責められる必要はあるのか?」


「――っ」


 ベクルックスは反論できずに黙り込んだ。確かに、フォーマルハウトが撃つタイミングを見誤ってしまっていた。


「ガキが。いくら幹部っつったって、まだ中二だろうが。すっこんでろ」


 言い放ったフォーマルハウトはベクルックスを押し退けるようにして部屋に向かった。


 と、


「やめろ実鈴!!」


 突然、Aの声と共に部屋から誰かが飛び出してきた。それと同時に部屋の扉が閉まる。


「……お前……」


 扉の前に立ちはだかったのは実鈴だった。


「……なんのつもりだ」


 フォーマルハウトは銃口を実鈴に向け、冷たい声を放った。


「絶対に高山君は殺させない」


「その代わりにお前が死ぬことになってもか?」


「構わない。皆を守れるなら」


 実鈴はきっぱりと言い切った。


「佐東君逃げろ!」


「実鈴! 死ぬぞ!!」


「お姉ちゃん!!」


 扉の向こうから、扉を叩く音と三人の声が聞こえてくる。


「……いいだろう。そこまで死にたいなら殺してやる」


「……」


 フォーマルハウトの指が引き金に掛かる。実鈴は唇を噛み締めて向けられた銃口を見つめた。


(……ごめんなさい、皆。紬のこと、お願い)


 覚悟を決めたとき――銃声が響いた。

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