第109話 逃走

「何が……起きたの……?」


 Yはヘッドセットのマイクを押さえてKを振り返った。Kは険しい表情をしている。


「ベクルックスがXを狙ったけどアルタイルに当たってしまった……と思ったけど、そんな単純な話じゃないみたいだね」


 Kはじっとパソコンの画面を見つめている。


「……最近のベクルックス、おかしいよね」


 小さく呟いたが、気を揉むYには聞こえていなかった。



「シリウス、もう撤退した方がいい」


 プロキオンが前を向きながら言った。


「オレも同感だ」


 ベテルギウスも頷いた。


「……だな」


 シリウスはチラリとアルタイルを見た。頭を怪我してはいるものの、傷は浅いようで普通に立っている。


「……あれならいいか。――お前ら引け!!」


 シリウスは怒鳴りながら何かを投げた。突然の大声に驚いた怪盗達が振り返ると、黒い何かが頭上を通って誰もいないスペースに落ちる。


『爆弾だ!!』


「下がれ!!」


 KとAが同時に叫び、一同は後ろに飛び退った。その瞬間、閃光が走り、物体が爆発した。衝撃波で吹き飛ばされたAがすぐに起き上がると、あれだけいた黒服達は消えていた。ベクルックスもアルタイルもいない。


「クソッ、逃げられた……」


(ベクルックス……どうしたんだ……)


 Aは廊下のカーペットに染み込んだ血痕を見つめながら顔をしかめた。



「逃げた?」


 パトカーでビルに向かっていた実鈴は、相賀からかかってきた電話に素っ頓狂な声を上げた。


『ああ。爆弾で気をそらしてる内にな。ただ……』


 相賀の声が暗くなった。


「……何?」


『あいつの……ベクルックスの様子が変だったんだ。翔太を狙った弾が外れて、そしたらあいつ闇雲に撃って……アルタイルに弾が当たったんだよ』


「え!?」


 実鈴は思わず大きな声を出した。助手席に座っていた五島が実鈴を振り返る。


「どうした、実鈴君」


「あ、いえ……何でもないです」


 慌てて断った実鈴は口元に手を当てた。


「それで、アルタイルは?」


『頭を掠ってっただけだから元気そうに立ってたけど……ベクルックスが心配なんだよ』


「あら……敵に塩を送るのかしら?」


 実鈴が少し皮肉を込めて言うと、相賀は『いや』と静かに否定した。


『……そんなつもりはないけどな。なんていうか……荒れてたんだよ、あいつ。誤射しただけなのに狂ったみたいに……』


「……そう。最近、思ってたのよ。大田君、転校してきた頃みたいな王様発言が少ないなって……確かに協調性はないんだけど、偉そうにしてることがあまりないのよ」


『ああ……それは俺も思ってた』

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