第50話 ベクルックス

「……どうして、あなたがここにいるの?」


 防犯装置が作動した博物館に駆けつけた実鈴は、そこにいた人物を見て顔をしかめた。


 金庫の外に、伊月がズボンのポケットに両手を突っ込んで立っていた。


「……別に。怪盗達の情報を掴んで来ただけだ」


「情報を掴んでって……。あなた警察内部に協力者はいないんじゃなかった?」


 実鈴が怪訝な顔をする。


「いるさ。オレが完全な一匹狼だと思ってたのか? 探偵なんて、一人じゃ何もできねぇんだよ」


 伊月はそう言い放つと、実鈴の横をすり抜けた。


「あっ、ちょっと待って!」


 実鈴が叫んだが、伊月は振り返らずに行ってしまった。


「何なのよ……」


 実鈴は伊月が去った方向をじっと見つめていた。



「あき、お弁当食べよう!」


「あ、うん!」


「おい竜! 今日遊ばねーか?」


「あー、悪い慧悟。部活あんだよ」


 昼休みになり、賑やかになる教室を突っ切って窓際の席に座った伊月はスマホを手に取った。しかし、ふと、スマホの画面から目を離し、窓の外を見る。


「大田!」


 誰かに呼ばれて顔を上げると、慧悟達数人の男子が机をくっつけて座っていた。


「弁当食べようぜ!」


 竜一が叫んでいる。


「いい」


「何でだよ、食べようぜ」


「別に、お前達と食べるメリットなんかなにもないだろ」


「じゃあさ」


 急に翼が口を開いた。


「デメリットはあるの?」


 頬杖をついた長めの真っ黒な前髪から覗く艶やかな瞳に見つめられ、伊月は言葉に詰まった。


「……いや……」


「じゃあいいだろ? 別に利益なくったっていいじゃないか」


「ハハッ、さっすがモデル! 表情を選ぶのが上手いな!」


 光弥が爆笑する。


「チッ」


 伊月が舌打ちをし、また窓の方を向く。


 実鈴、瑠奈、相賀、翔太は、それぞれの場所から伊月を険しい目で見つめていた――。


 すると、伊月のスマホが震えた。


「オレだ。……ああ、わかった。待機してろ」


 すぐに電話を切った伊月は机の横にかけていたバッグを持ち、教室を出ていった。


「おい大田! 帰るのか!?」


 丁度教室に入ってきた永佑が声をかけたが、伊月は無視して廊下を歩いていく。


「……ったく、早退するなら言ってくれよ……」


 永佑は呆れたような声を出しながら、教卓に置きっぱなしになっていた出席簿を持って教室を出ていった。


「何なんだよ大田の奴……」


 竜一は不機嫌そうに弁当に入っていたウィンナーを箸で突き刺した。



「全く、ホント大損害よね。あのガキ共のせいで」


 某ビルの一室。ベガがトカレフをもてあそびながらイライラと言った。


「それで? ボスは宝石を集めて何がしたいんだ?」


 アルタイルが釈然としない様子で一人言のように言った。


「……目的はまだハッキリしてないが、不穏な動きなら、掴んだ」


 いつものようにデスクに座り、パソコンを操作していたデネブが言った。


「……怪盗達が盗まなかった宝石は、全て売りに出されている。そしてその金は、ボスの銀行口座に振り込まれている」


「金を集めてるってこと?」


「だが、何のために……」


「日本の警察いぬや政治家の中に、組織のスパイを紛れ込ませるためだ」


 また、あの声が響いた。


「ベクルックス様!」


 三人がひざまずく。


 部屋の電気は三人がいた場所しか点けていなかったため、ベクルックスの顔は陰に隠れている。


「金さえあれば、意地汚い無能な奴らを簡単に駒にできる。そうすればスパイを紛れ込ませるのも格段に楽になる」


 ベクルックスは話しながら階段を降りてきた。


「全ては、この国の警察バカ共を消し、組織がこの国を統べるための下準備。わかったか?」


「はっ!」


 三人が揃って返事をする。


 三人の前に立ったベクルックスはニヤリと笑った。その顔は――大田伊月その人だった――。

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