第19話 上演終了

 相賀が体育館に戻ると、数人の女子高生が体育館前で騒いでいた。


「上演中は入れないって冗談じゃない!」


「翼君見逃しちゃうじゃん! マジぴえんなんだけどー」


 目的は翼のようだが……。しかし相賀は、女子高生達が騒ぐ理由を知っていた。


「あのー」


 相賀の声に女子高校生達が振り返る。


「上演中なので静かにしてください」


「あーゴメンねー」


「あ、もしかして君、翼君と同級生?」


「そうですけど」


 相賀が答えると、女子高校生達の表情がぱっと明るくなった。


「やっぱりー!」


「ねえ、これ翼君に渡して!」


 女子高校生達はファンレターらしき封筒を相賀に突きつけてきた。


「断ります」


 相賀は冷静に言った。その瞳には冷たい光が宿っている。


「えー何でよー」


 しかし、女子高校生達はその光に気づかない。


「翼はそういうの喜ばないです。渡すなら自分で渡してください。それと、どうやって翼がここに通っているかを突き止めたかは知りませんけど、SNSに投稿とか絶対にしないでください。俺達もですけど、翼が一番困るので」



 相賀が冷たい目をしていた理由。それは一人の女子高生のスマホにインスタの画面が映っていたからだった。


「失礼します」


 静かになった女子高生達の間を通って体育館に入る。劇は丁度二つ目の見せ場を迎えていた。


 旅を続けていたサラトは足を踏み外して崖から落ちてしまう。足を怪我して動けなくなっていたところに、翼――男性が通りかかった。


「君! 大丈夫か!? ……あれ?」


 男性はサラトの顔を見て首を傾げた。


「まさか……嘘だろ……?」


 王子だとバレたか――サラトが身構えたとき、男性はサラトを抱き締めた。


「アラン……っ! 良かった……もう会えないかと……」


 サラトは自分に抱きついて泣き出す男性に戸惑うばかりだった。



 しばらくして落ち着いた男性はサラトを家に連れてきた。


「お帰り、キース……え?」


 出てきた明歩――女性も、サラトを見て目を丸くした。


「ゴメンね、急に取り乱して……」


 サラトの手当をして女性が淹れた紅茶を飲んでひと息ついた男性――キースは謝った。


「いえ……ところで僕、誰かに似てるんですか?」


 サラトはずっと抱いていた疑問をぶつけた。そうでもない限り、キースと女性の反応は説明できない。


「そう……そうね」


「……君が、幼い頃に生き別れた息子のアランに似ているんだ。……ゴメンね」


「それは良いんですけど……」


 しばらく俯いたキースは顔をあげた。


「アランがまだ一歳の時だよ。この村にある王国の王様とお妃様が来てね。村人皆で歓迎したんだ。俺とミヤもアランを連れて参加したんだけど、アランを見た王様が『その子供をくれ』って言ってね……」


「私とキースは勿論断ったのよ」


 黙り込んでしまったキースを見かねて女性――ミヤが口を開いた。


「でも、『譲らないと実力行使だぞ』って脅されて……仕方なくアランを王様に預けたの。私が言うのも親バカかもしれないけど、アランは綺麗な青い目だったし、幼いながらも行儀は良かったから……王様に気に入られちゃったのね。それ以来、アランとは一度も会ってないわ」


「そうだったんですか……」


「でも、アランは両方の目が青色……違うみたいね」


「……言ってなかったですよね。僕、その王国の王子なんです。城を追い出されて旅をしてたんです」


「え?」


 キースが声を上げる。


「僕、小さい頃、馬車の事故で右目を怪我したんです。だからこの目は義眼なんです。丁度その時期弟のアルトが生まれました。確かその頃からですね。僕への城中の風当たりが強くなったのは……」


「じゃあ……」


 ミヤが身を乗り出す。と、袖から雪美と詩乃が顔を出した。


「あっ……ゴメンね、カーラ、ルカ。起こしちゃった……」


 二人に気づいたミヤが立ち上がり、雪美――カーラと詩乃――ルカに駆け寄った。


「ママ、その人、誰?」


 ルカが尋ねる。


「ゴメンねお母さん。ルカが聞きに行くって聞かなくて……」


「良いのよ、カーラ。ルカ、あの人はちょっとうちに用事があるの。だからいるのよ」


 サラトはじっとカーラを見つめていた。


「……どうかしたのかい?」


 その視線に気づいたキースが尋ねる。


「いえ……あのロングヘアの女の子、見覚えがある気がして……」


「え……?」


 キースが思わず立ち上がり、その音にミヤ、カーラ、ルカが振り返る。


「……確かに。カーラはアランが王様に連れて行かれる三ヶ月前に生まれた子だよ。でも……」


「見覚えがあるというか、なんか懐かしい雰囲気がして……」


「やっぱり……あなたはアランよ。絶対そうよ!」


 ミヤが叫ぶ。


「……俺もそうだと思ってる。でも、確かな証拠が欲しいんだ」


「証拠?」


 サラトが聞き返す。


「君が俺達の息子だという証拠。城の人に確認するのが一番かな」


「多分、僕が聞いても相手にはしてもらえないと思うんですけど……」


「じゃあ私達が聞いてみるわ」


 すると、ステージが暗転した。


 そして再び電気が点くと、サラトとミヤがテーブルについていた。


「あれから一週間経つけど……連絡来ないわね」


「僕のことだから……無視されたのかな……」


 その時「来たぞ!」とキースがステージに飛び出してきた。その手には封筒を持っている。


「!」


 二人も思わず立ち上がる。


 サラトはキースから差し出された封筒を受け取り、封を切った。


「……僕の乳母からだ」


 宛名を見て驚いたサラトは手紙を読みだした。


「……追い出されたサラト様の安否を心配しておりましたが、無事なようで安心しております。確かに、サラト様はある日王様が連れてきたお子でございます。そして私に世話をお言いつけになられました。しかし、三年程して弟のアルト様がお生まれになり、私はアルト様の世話を言いつけられ、サラト様から離れました。それ以来、サラト様は本当につらい思いをされてこられたと存じます。私一人の力ではどうにもならず、何もできず申し訳ありませんでした。サラト様の、これからの幸せを願っております」


 読み終わったサラトはしばらく呆然としていた。


「僕……やっぱり王子じゃなかったんだ」


 やっと口から出てきた言葉が、それだった。


 すると、ミヤがサラトを抱き締めた。


「ゴメンね……アラン……今までつらい思いさせて……」


 泣きながら謝るミヤに、サラト――アランはしばらく立ち尽くしていたが、やがてミヤを抱き締め返した。


「……母さん」


 すると、キースも二人を抱き締めた。


「お帰り、アラン」


「……ただいま、父さん」


 すると、再びステージが暗転した。そして明かりが点くと同時にアンタレスが流れ出し、キャスト全員がステージに出てきた。一瞬の間の後、拍手が巻き起こる。


 全員が頭を下げると、ステージの幕が下り、上演終了のブザーが鳴り響いた。

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