第32話 覚悟

「うわあ……。これ自分で作ったの?」


 相賀のアジトに入ってきた海音は驚いたように訊いた。


「後で話す」


 相賀は短く言いながらジャケットを脱いでソファに投げた。翔太も仮面を懐にしまう。


「で?」


 七人分の紅茶を出し、ソファにどっかと座った相賀は訊いた。

 

「なんで来たんだよ? 死ぬかもしれないんだぞ」


 怒鳴りはしなかった。けれども凄みのある声に海音は顔を一瞬強ばらせた。


「……あれから、四人でずっと話し合ってたんだ」


 海音は言葉を慎重に選びながら話し始めた。


「聞いたし気づいた以上、知らないフリはできないって。それは全員同じ意見だった。けれど、本当に行くかどうかは迷って……」


「オレはええとしても、流石に海音と朝井は肉弾戦向いてないしなァ。詩乃はどっちでもって感じやったけど」


「海音君がハッキングできるって言うから、雪美と海音君にそっちを任せて詩と拓真君は行くことにしたんだ」


 拓真に続き、詩乃が説明する。


「……話の趣旨、ズレてない?」


 ソファに座らず、壁に寄りかかって腕組みをしていた翔太が口を挟んだ。


「……」


 ハッとした海音はしばらく黙り込み、そして口を開いた。


「……僕達が行くことにした理由は一つだけ。友達が困ってるなら助ける。その気持ちが皆にあったから」


「……」


 予想していなかった答えに、相賀と瑠奈は面食らった。翔太はオッドアイを静かに閉じる。


(……友達……か)


 家族を殺されてから諦めていたものの一つだ。


(友達も仲間も、もう作る気はなかった。奪われたら取り返せないから。なのに……)


 どうして、相賀達は自分なんかを仲間と思ってくれるのか。どうして、クラスメート達は自分なんかを友達と思ってくれるのか。自分からはそこまで関わっていないのに。


(それは、わからないけど。でも……)


 自分なんかを、そんな風に思ってくれるのなら。せめて守りたい。自分が犠牲になったとしても――。


「……それでも、簡単に首を突っ込んでいい事じゃないんだよ」


 目を開けた翔太は静かに言った。


「うん。今日はでしゃばっちゃったと思ってる。認めてもらいたくて空回りしてた。けどね、僕達はそれぐらいの覚悟があるんだよ」


「……そこまでの覚悟が、本当にある? いつ死ぬかもしれないのに」


「わかってるって!」


 瑠奈の問いに、突然海音が怒鳴った。


「覚悟はあるって何度も言ってるでしょ! そんなに僕達のことが信用出来ないの!?」


 珍しく感情を爆発させた海音に、相賀は再び面食らった。


「……信用してないわけじゃない。けど……怖いの。大事な人を失うのが……翔太は、それを経験してるから」


「え……?」

 

 今度は海音達が面食らう番だった。


「……意外とおしゃべりだね、石橋君」


 壁から体を離した翔太が言う。


「ごめん。つい……」


「……ま、遅かれ早かれ言った方がいい話だったからね。丁度いいや。――僕は、転校してくる前に家族を亡くしてる。しかも、僕達を狙ってる組織の奴らに殺されたんだ」


「え?」


 雪美が思わず声を上げた。詩乃や拓真も目を見開く。


「僕達が猛反対しているのは、そういうことがあるから。最低でも、奴らは僕を殺そうとしてる。そんなのにおいそれと巻き込む訳にはいかないだろ?」


 翔太の顔には表情がなかった。瞳にも光がない。ただただ能面のような顔で話していた。


「……そう、なんだ」


 海音達は返す言葉がなかった。

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