第156話 声

「あ……」


 あの、声。あの冷ややかな声は、一度だけ聞いたことがある。


(まだ自暴自棄だった頃だ)


 相賀と瑠奈を拒絶したとき、相賀はあの声をしていた。まるで氷のように冷たいけれど刺さってくる声。けれどあの声は、荒れていた翔太の心を少し鎮めてくれた。


「…………」


 翔太はベッドに仰向けに寝転がった。ヘッドボードに置いたロケットを開き、オルゴールの『アンタレス』を聴きながら目を閉じる。


(……僕は……何が正解なんだろう……)


 考えても、答えが出てくるはずもない。


 テーブルに残されたおかゆの湯気は消えていた。



「なあ、皆でクリスマスパーティーしねーか!?」


 黒野慧悟が唐突に口を開いたのは、朝のHRホームルームだった。


「クリスマスパーティー?」


 教卓に立った永佑が眉をひそめる。


「ほら、来週、LHRロングホームルームあるじゃないですか。そこでどうかなあって。去年、なんだかんだできなかったし」


「ああ……そういえば、何するかは決めてなかったな」


 永佑は納得したように頷いた。


「で、皆はどうだ?」


「お前、そんなの俺だって思ってたよ!」


 相楽竜一が立ち上がり、慧悟の頭を小突く。


「ハハッ、じゃあ決まりだな!」


「プレゼント交換しよーぜ!」


「おいお前ら、HRホームルーム終わらせてくれよ」


 賑やかな教室の中、翔太は暗い表情をしていた。


(クリスマスパーティー、か……)


 クリスマスの良い思い出など、一つもない。翔太は騒がしいクラスメートを虚ろな目で眺めていた。


 昨日、散々考えたものの、結局決心はつかなかった。


(……木戸君のあんな声聞いたら、そりゃ決心も鈍るよ)


 相賀は本気で翔太を心配している。異常なくらいに。


(……何があったんだろう)


 相賀は自分のことを多く語らない。母親を亡くしたとき、何かあったのだろうか。


 翔太は探るような目で盛り上がる相賀を見つめた。


 その時。相賀が不意に顔をしかめた。そして左上腕部を押さえる。


(……!!)


「どうしたの、相賀」


「いや、昨日階段で転んで打撲しちゃってな」


 安藤翼と相賀が話しているのを見つめる翔太の心があっという間に黒く染まっていく。


(ダメだ……やっぱり、僕は……)


「おい翔太!」


 声をかけられ、ハッと我に返る。慧悟が不思議そうに翔太を覗き込んでいた。


「まだ風邪治ってねーのか? 顔色悪いぞ」


「いや……ちょっと寝不足なだけ」


「なら良いけどよ。――それより、オメー話聞いてたか?」


「え、何の?」


 翔太は上の空のまま曖昧な返事を返した。


「だーかーらー、クリスマスパーティーの話だよ! プレゼント交換したいから、千円以内で買ってくるって話!」


「ああ……わかった」


「でもさ、全員が男女ウケするやつ買ってくるって、大変じゃね?」


 阿部光弥が口を挟んだ。


「あー、それもそうだね」


 長谷明歩が頷く。


「じゃあ、男女別にしたほうがいいか。それなら、そこまで被りもなさそうだしな」


 納得した慧悟が言った。


「……おい。そろそろ一時間目始まるんだが」


 永佑の低い声が空気を破った。永佑の隣には、英語担当の先生が荷物を抱えて立っている。


「やべえ!」


 一同は慌てて英語の支度をし、席についた。

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