第173話 三月二十二日は放送記念日

 日本放送協会(NHK)が一九四三(昭和十八)年に制定。

 一九二五(大正十四)年のこの日、社団法人東京放送局(現在のNHK東京放送局)が日本初のラジオ仮放送を始めた。

 東京・芝浦の東京高等工芸学校に仮スタジオを設け、午前九時三十分、京田武男アナウンサーの「アー、アー、アー、聞こえますか。JOAK、JOAK、こちらは東京放送であります。こんにち只今より放送を開始致します」という第一声が放送された。

 元々は三月一日に放送を開始する予定だったが、購入予定の日本にたった一台しかない放送用送信機が、同じく設立準備中の大阪放送局に買い取られてしまった。

 そこで東京放送局は、東京電気研究所の送信機を借り放送用に改造して使用することにしたが、二月二十六日の逓信省(後の郵政省)の検査で「放送設備は未完成のため三月一日からの放送はできない」と判断されてしまった。既に三月一日から放送を開始すると報じており、また、大阪放送局よりも先に日本初のラジオ放送を行いたいということで、「試験放送」という形で逓信省の許可を受け、なんとか三月一日から放送を開始することができた。

 二十二日には逓信省から正式に免許を受けて仮放送を開始し七月十二日に愛宕山からの本放送が開始された。大阪放送局はその年の六月一日から仮放送を開始した。



 私は宿川市のコミュニティFM局、通称ホホエミFMでDJをしている。愛称は「ミッチー」。本名の三上千絵みかみちえから取っている。

 今日は開局五周年記念の企画で、市民のみなさまにインタビューを行う為に駅前に来ていた。


「こんにちは! ホホエミFM宿川のDJ三上千絵です! 今日はホホエミFMのことに付いてインタビューしたいんですが、少しだけお時間宜しいですか?」


 一人で歩いている中年女性に声を掛けてみた。主婦は家事しながらでも聴けるラジオのリスナーが多いので、インタビューに答えてくれる可能性が高いと思ったのだ。


「ホホエミFM?」


 どうやら、局の存在さえ知らなさそうだ。


「普段はラジオを聴いたりしませんか?」

「いえ、毎日聴いてますよ。FMゴコロとか」


 そうなるよね。ラジオを聴くと言っても、普通はメジャーなFM803やFMゴコロ、あとAMとか聴いてるよね。私もここのDJに採用される前はそうだったから。うちみたいなローカル局は、地域の情報が必要な時とか知人が出る時しか聴かないよね。

 私自身、好きでホホエミFMのDJをやっている訳じゃない。メジャーなFM局のDJオーディションを受けまくっているのに採用されなくて、仕方なくここでDJをしているのだ。


「そうなんですか。今日お聞きしたかったのは、これからのホホエミFMに望むことなんですが……」

「そう言われても、よく知らないからねえ……」

「そうですよね。失礼しました。これ、お礼のステッカーです。またよろしければ、ホホエミFMを聴いてくださいね!」


 最初から苦戦しそうだとは思っていたが、こんなんじゃまともにインタビューできるのだろうか? 本気で心配になってきた。

 その後も何十人かに、手当たり次第にインタビューして、なんとか三人ほど回答が得られた。

 正直、こんなにマイナーなところでDJやってる意味があるのかと、気持ちが落ち込んで来る。いや、今回で初めてそう思ったんじゃない。それはもうずっと感じていて、DJとしての仕事のモチベーションに影響が出ている。


「ああっ! ミッチーさんお久しぶりです!」


 私は声を掛けられたので、そちらの方を見る。そこには三人の女子高生が立っていた。制服から北校の生徒だと思うが見覚えが無い。


「えっと……」


 私は記憶をフル動員させたが、思い出せなかった。


「もう私たちのことを忘れちゃったんですか?」


 真ん中の活発そうなショートカットの子が、少し拗ねたようにそう言った。


「ごめんなさい。ちょっと、ど忘れして……」


 私はしどろもどろで、言い訳した。


「これ見てくださいよ」


 ショートカットの子は、肩の荷物を前に出す。顔ばかり見ていたので気付かなかったが、その子が持っていたのは、ケースに入ったエレキギターだった。


「ああ、北校軽音学部の、たしか……高村さん!」

「正解!」


 そう言えば一年ほど前、市内に三校ある公立高校の紹介企画があった。その時、北校は文化祭中で軽音学部のライブを取材したのだ。


「バンド名は『ネクストステージ』! 良いライブだったよね。あの時は、今と違って衣装やメイクが凄かったから、すぐに分からなかったわ」


 彼女たちはスリーピースバンドで、高村さんはギターボーカル担当だ。Jポップバンドのコピーだけだったが、凄く良いライブだった記憶がある。


「まだ三人で続けているんですよ」

「そうなの。頑張っているね!」


 私は素直に感心した。あの時の取材で聞いたことだが、軽音学部の仲間でバンドを組んでも、すぐに活動しなくなったりするらしい。


「今日は何かの取材ですか?」

「うん、ホホエミFMのリスナーさんにインタビューをしているの」

「あっ、じゃあ私達もインタビューしてくださいよ! いつもホホエミFM聴いてるんで」

「ええっ、そうなんだ!」


 私は意外に感じて驚いた。バンドやってる若い子なら、流す曲も多く、新曲も早いメジャーな局を聴いていると思っていた。

 もう少しインタビューが欲しかったので、私は高村さんたちにお願いすることにした。


「それでは、ホホエミFMを聴くようになったきっかけは何ですか?」


 向こうから積極的にインタビューを受けてくれたので、せっかくだから私は質問内容を増やすことにした。


「学校の軽音学部の取材をしてくれたからです。その時初めて聴いて、身近な話題が多くて面白いと思ったから、聴き続けてます」


 その答えを聞いて、私は驚いた。若い子でもローカルネタを面白いと思うんだと。


「好きな番組やコーナーはありますか?」

「ミッチーさんが担当している『宿川市であった、今日の良い話』です。あれって、結構泣けますよね」

「ありがとうございます! いつもリスナーさんから良い話を送って貰って、助かってますよ」


 たぶん社交辞令的に言ってくれたのだろうが、それでも悪い気はしない。何より、ちゃんと聞いてくれているリスナーさんを目の前で確認できたことが嬉しい。


「じゃあ最後に、これからのホホエミFMに望むものは何ですか?」

「そうですね……」


 高村さんは少し考える。


「ずっといつまでも、地域密着のFM局として残って欲しいです!」

「それはどういう意味ですか?」

「私達三人ともこの町で生まれて、この町で出会いバンドを組むことになりました。私たちは、思い出がいっぱい詰まったこの町が大好きなんです。だから、この町のFM局がずっと続いて欲しいんです。

 私達は高校卒業したら、絶対にメジャーデビューして人気バンドになります! それが叶えば、ホホエミFMにも出ますし、宣伝もします。だからそれまでずっと続けて欲しいんです」


 高村さんの目は真剣だった。この子たちは純粋に夢を追いかけているんだ。私の中途半端なDJへの気持ちとは対照的だ。

 そんな前だけ見ている彼女たちに感化され、私の中で何かが弾けた。


「約束する。私が頑張って、ホホエミFMを盛り上げて待っているから、絶対にメジャーになってね!」

「はい、ありがとうございます!」


 三人は揃って、お礼を言ってくれた。

 逆にお礼を言いたいのは私の方だった。中途半端な気持ちが吹っ飛んでしまったから。

 小さなFM局でも、DJはDJだ。自分の持てる力を最大限出して、DJを全うしよう。いつかこの子たちが大きくなって戻って来た時に、胸を張って迎えられるように。

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