第60話 十一月二十九日はいい文具の日

 この日を文具をプレゼントし合う日にすることを目標にNEXT switch株式会社が制定。

 「いい(一一)ぶ(二)んぐ(九)」(いい文具)の語呂合わせ。



 私は昔から文具を大切に使っている。手に馴染んだ文具が好きで、新しい物より今ある文具を使い続けたかったからだ。


 当時小学四年生の私は、学校が終わり帰宅してから自分の部屋で宿題をやっていた。


「理子ちゃん、こんにちは!」


 机に広げたノートの上に、手の平に乗るぐらいの妖精が現れて、私の名前を呼んだ。


「あ、あなた誰?」

「私は文具の妖精です。今日はいつも文具を大切に使ってくれる理子ちゃんに、お礼を言いに来たんです」

「ええっ、あなた文具の妖精なの?」

「そうです! 理子ちゃんが使っている文具達は凄く感謝しているんですよ。本当にありがとうございます。そこで、今日は感謝の気持ちを込めて魔法の文具をプレゼントに持って来たんです」

「えっ、魔法の文具?」


 次から次へと妖精の話は続き、私は驚くばかりだ。


「はい、これは魔法の色鉛筆です。理子ちゃんへ、私達からのプレゼントです」


 妖精は自分の体ぐらいの長さの色鉛筆を抱きかかえ、私に差し出す。


「魔法の色鉛筆?」


 私はその色鉛筆を手に取った。虹色の芯と模様をしている以外は、普通に木で出来た色鉛筆だ。


「その色鉛筆は、自分の気持ちで色が変わるんです。楽しい気分の時には楽しい色を。悲しい気分の時には悲しい色が描けるんですよ」

「そうなの……」


 気分で色が変わるってどう言うことだろう?


「その色鉛筆を持っていると、絶対に幸せが訪れるから、大事にしてくださいね」

「あっ!」


 妖精はそれだけ言うと、一瞬で消えてしまった。だが、手の中には魔法の色鉛筆が残っている。


「魔法の色鉛筆か……」


 私は開いているノートに、驚いた顔のウサギのイラストを描いて、魔法の色鉛筆で塗ってみた。

 赤系の色が弾けるように、ウサギのイラストの上で踊る。


「凄い! ホントに驚いているみたい」


 嬉しくなった私は、嬉しそうなウサギのイラストを描いて魔法の色鉛筆で塗ってみた。

 黄色とピンクのほんわかした色でウサギが染まる。


 私は楽しくなって、どんどんイラストを描き続けた。何枚も描くうちに多くの人に見て貰いたくなり、イラスト投稿サイトで公開してみた。たちまち大評判になり、私は一躍有名人になった。


 評判は評判を呼び、ついには雑誌の記者が取材に来た。


「どんな道具を使って、あの色彩を出しているんですか?」

「はい、魔法の色鉛筆を使っているんです!」


 私は記者の質問に正直に答えた。両親からは適当に誤魔化せと言われていたが、私は嘘を吐くのが嫌だったから。


「魔法の色鉛筆ですか?」


 最初は記者も信じなかったが、私が実演して見せると驚いて言葉を失った。


 私の実演動画が公開されると、賛否両論巻き起こる。中には「インチキだ」「詐欺だ」「実力じゃない」との酷い言葉もあった。

 私は悲しい気持ちになり、以前のような楽しい絵が描けなくなった。無理に描こうとすると、暗い、見ているだけで気が滅入るような色の絵になる。


 やがて私は描くことを止め、世間に名前が出ることも無くなった。


 絵を描かなくなった後も、私を覚えている人からもったいないから絵を描いて欲しいと要求されることがあった。描く気はないと伝えてもしつこく食い下がり嫌な思いもたくさん経験した。

 妖精の言った絶対に幸せになるとは嘘だったのか? 私は悲しくて魔法の色鉛筆を捨てようかと思ったが、これも文具だと思い直し大事にしまっておいた。



 十年後、大学生になった私は運命の人に出会う。


「僕は君の絵のファンだったんだ。もう絵は描かないの?」


 同じゼミに入った男性からそう声を掛けられた。またかと嫌な気になったが、彼は悪意の欠片も感じさせない、優しい笑顔を浮かべていた。


「もう絵は描いていないの」


 その笑顔に気を許し、私は傷付いて書かなくなったことを説明した。


「そうなんだ。それは悲しかったね」


 彼は話を聞くと、私にまた描くことを要求せず、気持ちに寄り添ってくれた。


「ありがとう」


 そのことが切っ掛けで、私達は仲良くなり、やがて付き合いだした。


 恋人になった後でも、彼は私に絵を描けとは言わなかった。純粋に私に好意を持ってくれているのが凄く嬉しかった。


 その後も交際は続き、やがて結婚し、妊娠、出産。私達に娘が産まれた。

 娘の顔を見た瞬間、私はまた絵を描きたくなった。とても幸せで、その瞬間の気持ちを残したくなったのだ。


 しまっていた魔法の色鉛筆を取り出し、娘の絵を描いた。その後、娘の成長と共に絵は増えていく。どれも幸せにあふれた色彩で、見ているだけで心が温かくなる絵だ。

 絵を見てくれるのは夫と娘だけだが、二人はとても喜んでくれる。私はそれだけで心が満たされ、二人と共に幸せな日々を送っている。

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