第59話 十一月二十八日は洗車の日
洗車をすることで愛車への愛着を高める日として、一般社団法人・自動車用品小売業協会が制定。
「い(一)い(一)つ(二)や(八)」の語呂合わせ。
俺はマイカー所持歴二十年ほどだが、その間洗車したことが無い。車なんてタイヤが四輪付いてて、故障せずに走ればそれで良いと思っているからだ。
実際洗車しなくても不都合は無いからね。オフロードを走らない限り、ある程度以上は汚れも勝手に落ちて行くから何も問題無いのだ。
「ご主人様、起きてください、ご主人様」
俺は体を揺さぶられて目を覚ました。
誰だ? 気持ちよく寝てたのに。
俺は目を開けて体を起こし、周りを見た。目を覚ました場所は寝ていた布団の上ではなく、何故かモヤが掛かった不思議な空間だった。
「ご主人様、目を覚ましましたか?」
声を掛けられて横を見ると、薄汚れたグレイのタイツを全身に着た若い男が立っていた。
「お前誰だ?」
「私はあなたの車、デミ夫です」
「デミ夫? ああ、もしかして俺のデミオか?」
俺の今乗っている車は中古で買った暗いシルバーのデミオだ。
「そうです。今日はご主人様にお願いが有って夢の中に出て来ました」
「お願い? なんだよ、オイルはちゃんと交換してるし、毎日走ってるからバッテリーも問題ないだろ」
「いや、そうなんですが……それは本当に有難いんですが、車体がその……」
車体と言われて、後ろめたい気持ちになった。洗車していないから確かに車体は汚れている。こいつのタイツを見ても、薄汚れているのでそれがよく分かる。
「なんだよ! 車なんて移動する為の道具だろ? 走ることに問題なければ良いじゃないか。だいたいお前に乗ってもう五年だぞ。どうして今頃言って来るんだよ」
俺は後ろめたい気持ちを誤魔化すように逆ギレして見せた。
「はい、ご主人様の言うことはもっともです。でも、隣のあの娘が……」
「隣のあの娘?」
「駐車場で隣のスペースに駐車している軽自動車です」
そう言えば、駐車場の隣には赤い軽自動車が停まっている。
「あの軽自動車が何なんだよ」
「実はもうすぐ買い換えられるみたいなんです。僕はあの娘が来た時からずっと好きだったんですが、こんな汚い姿じゃ告白出来ず、ただ見ているだけでした。最後に綺麗な姿で想いを伝えたいんです」
「ええっ!」
車にも好きとかあるのかよ。しかし、俺の車がこんなことで悩んでいたなんて……責任感じるな。
「気持ちは分かったよ。何とかしてやりたいが、俺は洗車なんかしたことなくて、道具すら無いんだよ」
「それは洗車機でも結構です。汚れさえ落として頂ければ」
ここまで言われたら、やるしかない。
「分かった。明日ガソリンスタンドに持って行って、洗車するよ」
「ありがとうございます!」
デミ夫は俺の手を取り、涙を流して喜んだ。
次の日、俺は通勤帰りにデミ夫をガソリンスタンドに持って行って、一番高いコーティング付きの洗車をして貰った。何日持つのか知らんが、デミ夫が告白する時間はあるだろう。
数日後、デミ夫の言った通り、隣の車が新車に変わった。今度はピンク色した新車の軽自動車だ。俺的には前の車より可愛らしく見える。
「ご主人様、起きてください」
また夢でデミ夫に起こされた。
「おう、どうだった? ちゃんと告白出来たか?」
「はい、ありがとうございました。ちゃんと気持ちを伝えられました。振られましたけど」
「そうか……振られたか……でも元気そうだな」
振られたと言っても、デミ夫の表情は明るかった。
「はい、新しい恋を見つけましたから」
「新しい恋? お前もしかして……」
「はい、新しく隣に来たピンクのあの娘です! つきましては、定期的な洗車をお願いしたくで……」
デミ夫は途端に申し訳なさそうな顔になる。
「ええっ……またかよ……」
「でも、洗車して貰えたら、全力でご主人様の命をお守りしますから!」
そう言ってデミ夫は頭を下げる。
「しゃーねえな。月一ぐらいだぞ」
「はい、それで十分です!」
面倒だが、毎日お世話になっている車の為だ。今度洗車道具を買って来るか。
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