第184話 四月二日はこどもの本の日(月間ベスト作品)

 子どもと本の出会いの会が制定。

 デンマークの童話作家・アンデルセンの誕生日。



「こんにちは」

「お義父さん、いらっしゃい」


 今日は第一日曜日。いつものように我が家にやって来た義父を、私は笑顔で出迎えた。


「お爺ちゃんいらっしゃい!」

「いらっしゃい」


 五歳の息子の翔太と夫も出迎える。

 義父は義母に先立たれ、現在は我が家から車で三十分ぐらいの距離の場所で一人暮らししている。

 義父は毎月第一日曜日に、我が家にやって来る。昼食を食べ終えた昼過ぎにバスでやって来て、晩御飯は毎回義父持ちで外食だ。特に私の負担が増えることも無く、義父の性格も好ましいので、私は毎回歓迎している。でも義父の訪問を一番喜んでいるのは、翔太かも知れない。何故なら義父は家に来る度に新しい本をお土産に持って来てくれるからだ。


「はら、翔太。今日も本を持って来たよ」

「ありがとう。お爺ちゃん。後で一緒に読んでね」

「ああ、良いよ」


 今日も義父から本のプレゼントを貰って、翔太は上機嫌だ。


「お疲れでしょうから、お茶を用意します。中へどうぞ」

「ありがとう。春奈さん」


 私は義父を中に招き入れた。



「ねえ、お爺ちゃん、早く本を読もうよ」

「おお、そうだな」


 私がコーヒーを用意していると、翔太が義父を急かす。


「ごめん、少しの間、翔太見ていてくれない。ちょっとお義父さんに聞きたいことがあるの」

「ああ、良いけど、なんの話?」

「後で説明するわ」


 私は夫に翔太の相手を頼んだ。夫は「お爺ちゃんは少し休憩するから」と翔太の相手をしてくれた。


「はい、コーヒーです。どうぞ」

「ありがとう。いただきます」


 私はテーブルに座る義父に、コーヒーとお菓子を出した。


「すみません。折り入って、少しお聞きしたいことがあるんですが」

「おお、俺で良ければ、何でも聞いてよ」

「実はですね。お義父さんに、子育てで必要なことをお聞きしたいと思って……」

「ええっ、子育てのこと?」


 実は、夫は私には勿体ないくらいの出来る男なのだ。高校の同級生で、夫は常に成績トップの生徒会長。運動も得意で性格も良く、女子が羨望する存在だった。国立大を出て一流企業に勤めている。私は夫と高校時代から付き合っているが、なぜ選んで貰えたか分からないくらい平凡な女だ。

 翔太は本当に可愛い。でも半分は私のDNAを持っている。私はそれが足を引っ張らないか心配している。なんとか義父から子育ての秘訣を聞き出し、夫のような大人に育てたいと思っているのだ。


「そうです。洋介さんをどのように育てたか教えて貰って、翔太もそう育てたいんです」

「そう言われてもなあ……特に何もしてないからな」


 確かに、夫は両親から何かをやれと言われたことが無いらしい。


「そう、一つ言えることは、配偶者の愚痴を子供に聞かせないことかな。俺の母がそんなタイプで、いつも父親の愚痴を聞かされてたからな。そうなると、父親のことを尊敬出来なくなる。父親だけでなく母親まで軽蔑してしまうからな。愚痴だけは聞かせ無い方が良いな」

「なるほど……」


 確かに言う通りだと思う。でもそれは大丈夫だ。私が夫に不満を感じることなど無いので、愚痴など言いようが無い。夫も愚痴を言うような人間じゃないのでそれは大丈夫だ。


「他には何かありますか?」

「他にか……」


 義父はまた考えだす。


「そうだ。本を読めとは言ってたな。勉強なんて授業を聞いて宿題だけすれば良い。でも本はよく読めって言ってたよ」


 確かに夫は読書家だ。特に知識を得ようとしているのでは無く、小説や漫画まで、なんでも良く読んでいる。


「本を良く読む人は理解力が高くなると思うんだよ。勉強なんてそこそこでも、理解力、考える力が付けば、人間なんとか生きて行けるものさ」

「なるほど。それでいつも翔太に本を買って来てくださるんですね」

「そうだね。本を好きになって貰いたいからね。春奈さんも時間があれば、読み聞かせしてあげると良いよ」

「はい、そうします」


 本を好きになるか。確かに私は夫と比べると読書量が少ない。子供の頃から本を読む習慣が無かったのだ。反省しなきゃな。これからは読み聞かせも頑張るし、読書も増やそう。


「それからね、春奈さん」

「はい?」

「あなたはそんなに気を張らなくて大丈夫だよ。俺は洋介が大学行ったり、就職したことより、春奈さんと結婚できたことが、あいつの人生で一番の成功だと思っているよ」

「ええっ、そんなこと無いですよ。私なんて……」


 お世辞で言ってくれたんだろうけど、余りに意外な言葉だったので驚いた。


「あなたはね、本当に素直な人だ。他人を尊重することも出来る。性格も凄く穏やかだし、いつも頑張っている。洋介もあなたに癒されていると思うよ」

「そ、そんな……ほめ過ぎですよ」


 私は自分の顔が、赤く火照っているのを感じた。


「一度ご両親に、子育ての秘訣を聞いてみると良い。きっと参考になると思うよ」

「あ、ありがとうございます!」


 私は思わず涙が出そうになった。本当に嬉しかった。今まで自分の価値なんか感じたこと無かったのに、こんな風に言って貰えるなんて。


「ねえ、お爺ちゃん、まだ? 本を読んでよ」


 いつの間にか翔太が義父の元に来ていて、読み聞かせをねだる。


「すまんすまん、じゃあ一緒に読もうか」


 義父は私に目配せしてから、翔太とリビングに向かった。


「どう? 何か話が聞けた?」


 夫が義父と交代で、ダイニングに入って来た。


「うん……」


 私はまだ興奮状態で、言葉が上手く出て来ない。


「……あの……ごめん、ちょっと買い物に出ても良い?」

「ああ、良いけど、いきなりどうしたの?」

「今日は私がたくさんご馳走を作って、みんなに食べて貰いたいの」

「突然どうしたの。いつも外で食べてるのに」


 夫は私の言葉を聞いて驚いている。


「凄く嬉しいことがあったから、みんなにもおすそ分けしたくて。みんなにも喜んで貰えるように、今日は奮発して美味しい物をいっぱい作るわ」


 私がそう言うと、夫はニッコリと笑う。


「嬉しいのおすそ分けか。春菜らしいね。そういう発想が、春菜の良いところだね」

「も……もう……」


 私はとうとう、嬉し過ぎて涙腺が崩壊してしまった。こんなに自分を認めて貰えるのが嬉しいなんて。


「ご、ごめん。何か悪いこと言った?」

「ううん、違うの。凄く嬉しすぎて……」


 私は泣き笑いで首を振った。


「良かった。じゃあ、俺も買い物に付き合うよ。翔太は父さんに任せて一緒に行こう」

「ありがとう」


 今日は本当に嬉しい一日だ。幸せな気持ち過ぎて怖いぐらいだ。

 この幸せを維持する為に、私ももっと本を読もう。夫や翔太と一緒に読書家族になるんだ。

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