第185話 四月三日は趣味の日

 木世(えい)出版社の関連会社・サイドリバーが制定。

 四(し)三(み)で「しゅみ」の語呂合せ。



「ねえねえ、お母さん、お母さんの趣味ってなあに?」

「えっ、趣味?」


 日曜の午後、夫とリビングでコーヒーを飲みながらテレビを観ていると、ノートと鉛筆を持った娘の愛理がやって来て質問された。


「そう趣味。学校の宿題で、家族とか自分の趣味を調べないといけないの」

「そうなの。お母さんの趣味か……」


 改めて聞かれると考えてしまうな……。


「お母さんの趣味は洋裁かな。ミシンで洋服や小物を作ったりするのが好きだから」

「うん、お母さんよくミシン使ってるもんね」


 愛理は納得したのか、笑顔になってノートに書き始めた。


「次はお父さんの趣味はなあに?」


 愛理は続いて夫にも同じ質問をする。


「お父さんは映画鑑賞かな。休みの日はよくテレビで映画を観ているからね。サスペンス映画が好きなんだ」

「うん、分かった」


 愛理は夫の趣味もノートに書いている。


「あとは愛理か……。愛理の趣味ってなんだろう」


 愛理は困った表情で考え始める。

 愛理は好奇心旺盛で、いろいろなことに興味を持って調べたり体験したりしているが、なにか一つに熱中しているものは無い。だからこれって趣味は思い浮かばないのだろう。


「みんなの分の趣味が必要なの?」

「ううん、無い人は良いって」

「じゃあ、お父さんとお母さんの分だけでも良いんじゃない」

「うん、そうする」


 愛理は納得して、自分の部屋に戻って行った。



「ただいま」


 翌日の夜。夫が仕事から帰って来た。


「お帰りなさい」

「ただいま。愛理は?」


 いつも出迎えてくれる愛理がいないので、夫は不思議に思ったようだ。


「実はね。愛理は趣味の宿題のことで落ち込んでるの」


 私は小声で、夫に耳打ちした。


「えっ、どうして?」

「他の子達は、自分の趣味まで書いていたみたいなの。だから愛理は自分に趣味が無いので、悲しかったみたい。私が気にすること無いって言ったんだけどね。今は部屋でしょげているわ」

「そうなんだ……」


 夫は気になったのか、そのまま愛理の部屋に向かう。私もその後を付いて行った。


「愛理、入るよ」


 夫はノックしてから、愛理の部屋のドアを開ける。

 愛理は机にノートを広げて考え込んでいた。


「お父さん……」


 夫に顔を向けた愛理の表情に、いつもの元気が無い。


「自分の趣味が書けなくて悲しかったね」


 夫がそう言うと、愛理はノートに視線を落とす。


「でもね、愛理。趣味は無くっても大丈夫なんだよ」

「でも……」

「趣味はね。無理して作るものじゃなくて、自然に出来るものなんだよ。これから愛理はいろんなことを経験して大人になって行く。その経験の中で、なにか一つをもっと続けたい。それをしている時がとても楽しい。そう思ったものが趣味なんだ。だから心配しなくても、大丈夫だよ。愛理にもきっと見つかるから」

「今は趣味が無くても良いの?」

「うん。大丈夫だよ」


 夫は力強く頷いた。


「愛理はいろんなことに興味を持っているからきっと素敵な趣味が見つかると思うよ。今のままで、心配しなくて良いのよ」


 私も夫に続いて、愛理をフォローした。


「うん、ありがとう!」


 愛理が笑顔になってくれたので、本当に良かった。愛理は今のままで良い。これからも「ねえねえ、お母さん」って聞いて来る愛理であって欲しいと願った。  

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