第166話 三月十五日は靴の記念日

 日本靴連盟が一九三二(昭和七)年に制定。

 一八七〇(明治三)年のこの日、西村勝三が、東京・築地入船町に日本初の西洋靴の工場「伊勢勝造靴場」を開設した。

 陸軍の創始者・大村益次郎の提案によるもので、輸入された軍靴が大きすぎたため、日本人の足に合う靴を作る為に開設された。



 私は今、里帰り出産の為に実家に帰省している。

 母に頼まれてクローゼットの中の物を取ろうとして、小さな靴を見つけた。とても小さなピンクの靴で、結構使った跡がある。大きさからして、歩き始めの幼児が履く物のようだ。

 もしかしたら私が初めて履いた靴かも。

 この家の子供は、私以外は弟しか居なかったので、ピンクの靴なら私の物としか思えなかった。


「お母さん、これは私が初めて履いた靴なの?」


 母に靴を見せて尋ねた。


「確かにあんたの靴だけど、初めての物じゃ無いのよ」

「初めての靴じゃないの? じゃあ、どうして大事に取ってあるの?」

「あんたは歩き始めたは良いけど、靴が嫌いでねえ。靴を履かせて外に出ても、泣き出してすぐに脱いじゃってたの。お父さんも私もホント困ってねえ。何度靴を買い替えたか分からないくらいよ」

「そんなことがあったんだ」


 私は幼い時のことで、全く記憶に無い。


「ある日お父さんがその靴を買って来たんだけど、凄く気に入ったみたいでね。その靴なら外に出てもご機嫌だったのよ。それ以来靴にも慣れて、他の物でも大丈夫になったの。だからその靴には思い入れが有って、取って置いたのよ」

「ふーん、ごめんね。そんな苦労してたなんて知らなかったわ」

「謝る必要は無いわ。それも今となっては良い思い出だもの」


 そう言って、母は優しい笑顔を浮かべた。


「私も子供とそんな思い出が出来るのかな」

「それはそうよ。子供が生まれると大変なことも多いけど、それ以上に喜びも多いのよ。後になってみれば、どんなことでも良い思い出になるから、楽しんでね」

「うん、ありがとう」


 私はそう言って、大きくなったお腹をさすった。

 あと一か月もすれば、この子に会える。どんな子だろうか? この子も靴を嫌がるのかな? どんな子でも早く会いたい。私の精一杯で愛してあげるからね。

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