第165話 三月十四日はホワイトデー

※全て短編と書いていますが、この話はシリーズ回になりますので、「二月十四日はバレンタインデー」と「第150話 二月二十七日は冬の恋人の日」の続きの話となります。


 二月十四日のバレンタインデーにチョコレートを贈られた男性が、返礼のプレゼントをする日。バレンタインデーのチョコレートに対しキャンデーやマシュマロをお返しするのが一般的になっている。

 日本でバレンタインデーが定着するにしたがって、若い世代の間でそれにお返しをしようという風潮が生まれた。これを受けたお菓子業界では昭和五十年代に入ってから、個々に独自の日を定めて、マシュマロやクッキー、キャンデー等を「お返しの贈り物」として宣伝販売するようになった。

 この動きをキャンデーの販売促進に結びつけ、全国飴菓子工業協同組合(全飴協)関東地区部会が「ホワイトデー」として催事化した。そして一九七八(昭和五十三)年、全飴協の総会で「キャンデーを贈る日」として制定され、二年の準備期間を経て一九八〇(昭和五十五)年に第一回のホワイトデーが開催された。

 ホワイトデーを三月十四日に定めたのは、二九六年二月十四日、兵士の自由結婚禁止政策にそむいて結婚しようとした男女を救う為、バレンタイン司教が殉教し、その一箇月後の三月十四日に、その二人は改めて二人の永遠の愛を誓い合ったと言われていることに由来する。



 私は今、依里と麗美と一緒に、三人で服を買いに来ている。三人で来ているが、依里と麗美は付き添いで、服を買うのは私だけだ。

 実は明日、私は人生で初となるデートの予定が入っている。初デートが不安だったので、二人に相談したら、デートに着ていく服を新調しようとなったのだ。


「おしとやかな感じのコーディネートにしたらどうかな。凛子って高身長でボーイッシュでしょ。そんな娘が普段のイメージと違う女の子らしい服装だったら、意外性があって良いんじゃない。所謂ギャップ萌えってやつよ」


 ファストファッションのチェーン店に入って、どんな服にしようかと相談したら、麗奈がそう提案してくれた。確かに普段女の子っぽい感じの無い私が、おしとやかな服を着てたら意外に感じるだろう。


「麗美ちゃん駄目だよ。どんなおしとやかな服を着たって、中身は凛子ちゃんなんだから。スカートでも大股開きで座りそう。それよりも本当の男の子みたいなボーイッシュを極めたらどうかな。キャップをかぶるとか良いかも」

「それじゃあ、丸っきり男にしか見えなくなっちゃうよ」


 こいつら、何気に酷いこと言ってない? 私を何だと思ってるのよ。


「いろいろ考えてくれてありがとう。でも、よくよく考えたけど、新しい服を買うのはやめにするわ」

「えっ、どうして?」


 麗美が少し驚いた顔して聞いて来る。


「私は私だからね。素のままで勝負しないと、ボロが出てしまいそう。初デートは、私らしい私を見て貰うよ」


 私がそう言うと、二人は顔を見合わせた。


「確かにそうかもね。付き合うとなったら、ずっと演技し続ける訳にもいかないだろうしね」

「凛子ちゃんは難しいこと考えずに、自分を出してく方が良いかもね」


 二人とも納得してくれたようだ。


「今日付き合って貰ったお礼に、服を買う予定だったお金でスイーツ奢るよ。どこかに食べに行こう」

「良いね。ありがとうご馳走になるわ」

「私パフェ食べたい! 良いよね凛子ちゃん」

「良いよ。じゃあパフェ食べに行こう!」


 私達は店を出て、よく行くカフェに向かった。



 デートの当日になった。私が選んだコーデは黒いデニムに白のパーカー。キャップは被って無いが、結局ボーイッシュな服装だ。さすがに男の子には見えないだろうけど。

 余りにも普段のままなので、これで良いのか悩んだが、昨日依里達に言った通り、普段の私を見て貰おうと思う。

 今日のデートは水族館だ。駅で待ち合わせして、電車に乗って水族館に向かう予定だ。

 バスで駅に着くと、待ち合わせ場所の改札前に伊藤君が待っていた。まだ約束していた時間の十分前なのに。


「こんにちは。ごめん、待った?」

「こんにちは。いや、今来たところだよ」


 もしかしたら、もっと早く来てくれてたかも知れないけど、伊藤君はお決まりのセリフを言った。


「お揃いの服になったね」


 伊藤君もデニムにグレーのパーカー。色違いだけど、同じコーデだった。若干型が違うのでペアルックでは無いが、並んで歩いてたら恋人同士に見えるだろうな。


「ホントだ。偶然だね」


 伊藤君は嬉しそうにそう言ってくれた。


「それから、これ、チョコのお返しで、ホワイトデーのプレゼント」


 伊藤君は肩から下げた鞄から、赤い包装紙の包みを差し出す。


「ありがとう! 開けても良い?」

「もちろん。どうぞ」


 包装紙を解くと中から紺のキャップが出て来た。


「あっ、キャップだ。嬉しい、ありがとう」


 まさか依里が言ってたキャップが出て来るとは思わなかった。


「喜んで貰えて良かった。霧島はボーイッシュだからキャップを被るとカッコイイかなって選んだんだ」


 適当に選んだプレゼントじゃなく、私のことを頭に描いて選んでくれたんだ。ホワイトデーに、そんな心の籠ったプレゼントを貰えるなんて思って無かった。


「へえ、嬉しいな。今かぶっても良い?」

「うん、霧島が良ければ、かぶって欲しいな」


 私はキャップをかぶって、伊藤君に見せた。


「どう? 似合う?」

「うん、カッコイイよ」

「ありがとう。じゃあ、水族館に行こうか」


 私達は電車に乗って、水族館に向かった。途中では学年末テストのことや、来年のクラス替えなど、学校の話題で楽しく話が出来た。



 水族館に着くと、伊藤君が二人分のチケットを買ってくれた。


「入場料いくらだった?」


 私は財布を取り出し、自分のチケット代を払おうとした。


「いや、良いよ。今日は俺の奢りで」

「ええっ、駄目だよ。私達高校生だし、割り勘にしようよ」

「実はね。父さんから、『デート代は絶対に男が出すものだ』って散々言われたんだよ」

「そうなんだ。でも今は割り勘が普通だよ。だから私も払うよ」

「母さんも弟もそう言って、父さんフルボッコだったんだけど、その後でこっそり俺に一万円渡して来たんだよ。初デートだけでも絶対に奢れって。だから、今日だけは奢らせてくれないかな」

「うん、分かった。ありがとう。今回は有難く奢って貰うわ。でも、伊藤君の家って、家族の仲が良いんだね。みんなでそんな話が出来るなんて」

「そうなんだよ。両親の仲が良いからね。子供も自然に仲良くなるよ。俺も父さんたちみたいな夫婦になるのが理想なんだ」


 伊藤君の家族の話を聞いて、なんだか嬉しくなった。


「自分の親が理想って凄く良いよね。毎日お手本を見ているんだからね」

「ホントそう思うよ」


 私達は笑顔で話しをしながら、水族館の中に入った。



 入ってすぐの広いスペースに、いきなり大きな水槽が現れた。そこは太平洋の海をイメージした水槽で、大小様々な魚たちや、サメやエイまでいる。みんな大きな水槽の中で自由に泳ぎ回っていた。


「見てるだけで凄く癒されるね」

「ホントだな、ずっと見ていられるよ」


 私達は並んで水槽の中をずっと見ていた。

 大きな水槽を離れると、次は通路沿いに並んだ水槽を見て歩いた。綺麗な魚や面白い魚、水槽の前に立つたびに、私達は感想を語り合った。

 初デートだと言うのに、全然緊張も無く、良い雰囲気だ。



「あっ、イルカショーやってるよ。観に行こうか!」


 私の提案でイルカショーを観ることになった。


「可愛いね!」


 プールで演技をしているイルカに見惚れていると、ふと視線を感じたので横を見た。隣に座っていた伊藤君も私を見ていたので目が合う。


「あっ、ごめん」


 伊藤君は慌てて視線をプールに移した。

 もしかして、ずっと私を見ていたのかな? そう考えると、伊藤君を意識してドキドキして来る。



 私達は水族館を存分に楽しみ、夕方に待ち合わせの駅に戻って来た。


「もしこの後に予定が無いなら、どこかカフェにでも入らない? 水族館を奢って貰ったお礼に私が奢るよ」


 水族館を理由に出したが、本当はもう少し伊藤君と一緒に居たかった。それだけ今日のデートが楽しかったのだ。


「ありがとう。俺ももう少し霧島と居たいと思っていたんだ」


 伊藤君が嬉しいことを言ってくれた。私達は駅前にあるカフェに入った。



 お互い頼んだ物を飲みながら、今日のデートの感想を話していると、伊藤君が急に緊張した表情になった。


「あの……俺は霧島のことが好きだから、友達じゃなく彼女になって欲しいんだ」


 告白!! 伊藤君は凄く誠実に告白してくれた。


「あ、ありがとう……返事をする前に一つだけ確認したいことがあるんだけど」


 すぐにでも返事をしたかったが、クリスマスイブの前日からずっと確認したいことがあった。


「う、うん、何かな?」

「どうして私のことを好きになってくれたのかな? 伊藤君とはあまり話をしたこと無かったし、私は女の子らしくないがさつな人間だし。それに顔だって可愛くないし……」

「そんなこと無い。俺は霧島が綺麗だと思ってるよ!」


 私の言葉の途中で、伊藤君が身を乗り出さんばかりに、綺麗だと言ってくれた。こんなこと初めて言われたので、凄く嬉しい。


「十月に体育館の下駄箱で佐川と喧嘩したの覚えてる?」

「う、うん……」


 依里が酷いことを言われて怒った時だ。


「あれを見てたんだ。友達の為に怒った姿が凄くカッコ良かったし、良い奴だなって思ったんだ。それ以降、霧島を意識するようになって、いつの間にか好きになってた」


 あの時、私の片思いは終わったけど、新しい恋が始まってたんだ。


「実は、伊藤君は私の初恋の相手なの」

「ええっ!」


 私の告白に、伊藤君は凄く驚いている。


「何にでも集中して一生懸命な伊藤君のことが好きだった。でももう幼い頃のことだったからずっと忘れてたの。最近思い出して、卒園アルバムで名前を調べたら、伊藤君だった。私もそれから伊藤君を意識するようになっていつも見てたら、昔と変わらないんだと思ったの」

「俺って成長してないのかな?」

「いや、そういう意味じゃなくて、本質的な性格が変わって無いってこと。良い意味でだよ」


 私は笑顔でそう言った。


「もし、今伊藤君が告白してくれなかったら、この後私が告白してたと思う。だから、私も付き合いたいと思ってる。彼氏になってください」


 凄く照れくさかったけど、私の方からも頭を下げて告白した。


「あっ……どうしよう、凄く嬉しい。ありがとう! ホントに凄く嬉しいよ!」

「うん、私も嬉しい」


 凄く照れくさいけど、それもまた嬉しい。


「じゃあ、毎日ラインしても良い?」

「うん、あっ、でも最近、勉強を頑張っているから、返事が遅くなるかも知れないけど良い?」

「年度末テストが終わっても頑張ってるんだ」

「うん、依里や麗美と同じ大学に行きたくって」

「そうか。あの二人と同じ大学なら頑張らないとな。もし手伝えることがあったら言ってね」


 そうだ、伊藤君も依里たちに負けないくらい成績が良いんだ。


「ありがとう。分からないことがあったら助けてね」


 これで私達は彼氏彼女になった。初めての経験で、何だか嬉し過ぎてフワフワした感じがする。こんな気持ちで、ずっと仲良く付き合い続けて行けますように。

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