第130話 二月七日はフナの日
茨城県古河市の古河鮒甘露煮組合が二〇〇一(平成十三)年に制定。
「ふ(二)な(七))」の語呂合せ。
二〇〇〇(平成十二)年に十一月二十七日に「いい鮒の日」として制定したが、翌年から二月七日に変更された。
土曜の昼間にテレビを観ていたら、芸能人がフナ釣りに挑戦する番組が流れて来た。
俺は今でこそインドア派で、休日でも家に籠っているような人間だが、中学時代はよくフナ釣りに出かけていた。俺は懐かしさで番組に興味を覚え、そのまま観続けた。
俺がフナ釣りをしていた場所は、自転車で十分くらいで行ける淀川だ。友達と行く時は投げ釣りもしたけど、一人で気ままに脈釣り《みゃくづり⦆をするのが好きだった。
脈釣りとは、糸に浮きを付けず、竿から伝わる振動で魚を釣り上げるのだ。投げ釣りに比べると、マメに竿を引き上げて餌を付け直さないといけないので、せっかちな俺でも退屈せずに楽しめたのだ。
俺は番組を観ていて、フナ釣りを楽しんでいた中学生の頃のある記憶が蘇ってきた。あれは日曜の昼間に、一人で釣っていた時のことだ。
「釣れてますか?」
俺が釣りをしていると、一人の五十代ぐらいの中年男性に声を掛けられた。
「は、はい、少しは」
まだ中学生だった俺は、見知らぬ大人に声を掛けられて緊張した。
「そうですか。それは良かった」
何が良かったのか意味が分からなかったが、おじさんに聞いたりはしなかった。
おじさんは俺から少し離れたところで荷物を降ろし、釣りの準備を始めた。準備を進めているうちに、おじさんは釣り道具だけでなく、鞄から釣りの入門書を取り出し読み始めた。
「お忙しいところすみません。これはどうやって結べば良いんでしょうか?」
おじさんは本を読んでも分からなかったのか、竿と糸を持って聞きに来た。子供だった俺は、面倒だと思いながらも、断れずにちゃんと教えてあげた。おじさんはそれで安心したのか、次から次へと聞いてくる。全くの初心者だったのだ。
「ありがとうございます。これはお礼です」
おじさんは鞄から取り出したチョコレートを箱ごと俺にくれた。迷惑に感じていたのに、俺はたったそれだけで得したと思ってしまった。
だが、考えが甘かった。釣りを始めたおじさんは、俺にいろいろ話し掛けて来た。黙って釣りをしていたかったけど、チョコレートを貰った手前、話に付き合うしかなかった。
「あなたはお父さんと釣りに来ないのですか?」
「ええ、お父さんはもう釣りをしなくなったので、この釣り道具も貰ったんです」
「そうなんですか……釣り以外で一緒にどこかに遊びに行ったりはするんですか?」
「いえ、お父さんは休みの日は家で寝ていますから」
「そうですか……」
おじさんは何か考えているのか、それ以降、何も言わずに釣りに集中しだした。
「私にも子供がいるんですよ。もう大人になってしまったんですけどね。私もあなたのお父さんと同じように、仕事ばかりしていて子供と遊びに行ったりしたことが無かったんですよ。もっと遊んであげれば良かったと、今更ながら後悔しています。もう手遅れですがね」
おじさんは俺に話すと言うより、独り言を言っているようだった。
その日、釣りが終わり、家に帰ると父はリビングでテレビを観ていた。俺は何も言わずに、釣り道具を片付けた後、自分の部屋にこもった。結局その日は一度も父と会話が無かった。
思えばそれ以降も、父と出掛けた記憶が無い。今、父はあの時のおじさんと同じように、後悔しているのだろうか。
そう思った後、俺はふと気づいた。俺にも今、小学生の息子がいる。だが、最近は一緒に遊んだ記憶が無い。意識していなかったけど、俺は父と同じような父親になっていた。
俺はテレビを消して立ち上がった。
「ちょっと雄介と一緒に出て来る」
俺は一緒にテレビを観ていた妻にそう言った。
「えっ、どこに行くの?」
「釣り道具を買いに行くんだ」
「ええっ!」
俺の意外な言葉に、妻は驚く。
俺は息子、雄介の部屋をノックした。
「雄介、今から釣り道具を買いに行こう」
「ええっ、釣り道具? どうして?」
部屋から出て来た雄介は、目を丸くして驚く。
「明日フナ釣りに行こう。その為に、道具を買いに行くんだ」
「ええっ!」
「お父さんと釣りに行くの嫌か?」
俺がそう聞くと、雄介は少し考えた後、ニッコリと笑う。
「行く! 僕もフナ釣りに行きたい!」
「よし、決まりだ。道具を買いに行こう」
あの記憶を思い出して良かった。俺はまだ間に合う。後悔しないように、行動しよう。
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