第129話 二月六日はブログの日

 インターネット上のサービスのひとつであるブログの普及を目的に、株式会社サイバーエージェントが制定。

 ブログを開設して、ブログを楽しむ日にしようとサイバーエージェントが運営する「Amebaブログ」ではブログを楽しむイベントなどを行う。

 日付は二と六でブログの「ブロ(二六)」と読む語呂合わせから。



 俺はブログを運営している。ジャンルは映画感想ブログだ。劇場やサブスクで観た作品の感想を記事として書き込んでいる。

 もう三年間続けているが、訪問者は何日かに一人、チラホラと来る程度だ。まあ、個人の感想を書いているだけのブログなので、仕方ないかと諦めている。作品がどんな内容だったか思い出すのに使ったり、再鑑賞した時に前はこんな風に感じてたんだと読み返すことも出来るからと、自分を慰めていた。

 そんな地味にブログを続けていたある日。管理画面を開くとコメント欄に書き込みがあった。この三年間で初めて、来訪者がコメントを書いてくれたのだ。

 俺は喜んだが、よく考えると肯定的なコメントとは限らないと気付いた。わざわざコメントを書き込むのは反論したい場合の方が多いんじゃないかと思った。

 俺はおっかなびっくりで、コメントページを開いた。

 コメント投稿者の名前は「まりたん」。名無しでも投稿できるのに、名前を入れてくれたんだ。


(初めまして、管理人様。私が凄く好きな作品の感想記事があったので、読ませて頂きました。管理人様の感想を読んで感激しました。私の感じた通りの感想だったのです)


 良かった。肯定的なコメントだった。しかも自分と同じ感想だったなんて。

 その後はまりたんさん自身の感想が書かれていた。読んで共感できる感想だった。


(……長文で自分の感想まで書いてしまって失礼しました)


 で締め括られていた。

 俺は嬉しくて、すぐに返信を書き込んだ。


(まりたんさん、コメントありがとうございます。管理人です。長文、全然構いませんよ。むしろ嬉しいぐらいです。まりたんさんの感想も凄く共感出来ました。同じ感想で嬉しいです)


 書き込んだ後、しばらくするとまりたんさんから返信が書き込まれていた。


(管理人様、返信ありがとうございます。長文を嬉しいと言って頂いて感謝です。他にも気になる作品がありますので、記事を拝見させて頂きますね)

(ありがとうございます。他の記事にも感想を頂けると嬉しいです)


 こうしてまりたんさんは、ブログの他の記事にもコメントを書き込んでくれた。その都度俺も返信を書き込む。誰にでも読める場所での、二人っきりのやりとりだったが、どうせ殆ど来訪者の居ないブログなので気にしなかった。

 何日もブログのコメント欄でやり取りしていくうちに、俺達はどんどん親しくなっていった。その過程で、まりたんさんのことも少し分かってくる。同年代くらいの女性で、現在は一緒に映画の感想を語り合える人は身近にいないようだ。

 俺はまりたんさんとのやりとりに夢中になった。元々俺は非モテの人間で、女性と親しくなった経験などない。なのに、これだけ感性の合う女性と親しく会話のやり取りが出来たのだ。俺の想像の中で、まりたんさんはどんどん美化されて行った。会ったことも無いのに、恋していたんだと思う。



(今度上映される「恋は朝ご飯の後で」を観に行きたいんですよ)


 まりたんさんの書いた「恋は朝ごはんの後で」は俺も観たいと思っていた作品だ。


(それ、私も観たいと思っていたんですよ。まりたんさんと一緒に観て、感想を話し合いたいですね)

(それ良いですね。近くだったら本当に一緒に観たいですね)


 どうしよう。勇気を出して誘うべきか。住んでる場所がある程度近いなら、俺がまりたんさんの住む場所に行っても良いし。


(あの、このブログの説明ページに私のメールアドレスが載っているので、宜しければ住んでいる都道府県だけでも教えて貰えませんか? 近くなら、私から行きますので、一緒に観に行きましょう)


 俺はブログに、管理人への連絡用にメールアドレスを載せていたのだ。


(分かりました。メールを送りますね)


 しばらく待っていると、まりたんさんから住んでいる場所を書いたメールが届いた。なんと驚くべきことに、同じ県に住んでいたのだ。

 これは運命だ。まりたんさんと会うしかない。

 俺はメールを返信して、一緒に映画を観に行く約束を取り付けた。



 映画を観る当日、俺は一時間も早く約束していた劇場前に着いてしまった。まりたんさんを待つ間、どんな女性かを想像して、ドキドキしていた。可愛いタイプかな? それとも美人かな?

 そう思いながらキョロキョロ周りを見ていると、約束の時間の三十分前に、メールで聞いていた服装の女性が近付いて来た。


「あの、石川さんですか?」

「はい、そうです。川上さんですか?」

「はい! 初めまして、やっと会えましたね!」


 そこには確かに同年代の女性が立っている。だが、その嬉しそうな笑顔の女性は、俺の想像とは似ても似つかぬ容姿をしていた。


「は、初めまして、会えて嬉しいです……」


 俺は下がったテンションを必死に隠して、笑顔で挨拶した。


「映画、楽しみですね。後で直接感想を語り合えるのも凄く楽しみです」


 まりたんさんは俺の気持ちに気付かないのか、笑顔でそう言ってくれた。


「そうですね。本当に楽しみです」


 俺達はポップコーンとドリンクを買って劇場に入った。映画の途中も、まりたんさんの容姿のことばかり考えて、集中できなかった。せめて人並程度だったらとか失礼なことも考えてしまった。俺自身が人並程度の容姿をしていない癖に。

 観終わった後は、一緒にファミレスで食事を食べて感想を語り合った。

 まりたんさんはブログでやり取りした通りの人だった。映画には詳しいし、俺と感性が似ていて、話が良く合う。だが俺の下がったテンションは最後まで上がらなかった。本当に失礼な奴だと自分自身に失望した。

 別れた後に、まりたんさんからお礼のメールが届いた。俺の方がまりたんさんの自宅近くの映画館に来ていたからだろう。その内容も丁寧で、まりたんさんの人間性の良さが表れていた。



 後日、まりたんさんから、新しい作品の話題などで何度かメールが送られて来たが、俺は素っ気ない返信をしてしまった。実際に会うまでとは雲泥の差がある内容だった。さすがにまりたんさんも俺の態度に気付いたのか、メールも送って来なくなった。もちろん、ブログのコメント欄の書き込みも無くなった。

 俺はまりたんさんからの連絡が途絶えた後も、ブログの更新を続けていた。だが、誰の反応も無く、やりがいを感じられなくなった。まりたんさんと知り合う前は平気だったのに、今では寂しくて仕方ない。

 俺は最低な奴だ。あんなに酷い態度を取っていたのに、まりたんさんの存在を必要とするなんて。謝ればもう一度、やり取りできる関係に戻れるのだろうか? 


(こんにちは。川上さんに話したいことがあるので、会って貰えませんか?)

(こんにちは。話ってなんでしょうか?)

(直接会って話したいんです。来週の土曜日の予定が空いてましたら、この前と同じ時間に、一緒に食事したファミレスで会って貰えませんか?)

(土曜日は空いていますが、行けるかどうか今は決められません)


 まりたんさんは、俺の気持ちに気付いて怒っているのだろうか?


(分かりました。私は待っていますので、気が向いたらで結構ですので、来て頂けませんでしょうか)


 一応、約束を取り付けた。待ちぼうけになるかも知れないけど、俺のしたことを考えれば、それぐらいのペナルティは覚悟しないといけない。



 約束の当日、時間になってもまりたんさんは現れない。やはり怒って来ないのかと思っていたら、三十分過ぎてからまりたんさんは来てくれた。


「こんにちは」


 まりたんさんは強張った表情で挨拶してくれた。


「こんにちは。来てくれてありがとうございます」


 俺も緊張で硬い表情のまま、挨拶を返す。


「話ってなんでしょうか?」


 注文が終わった後に、まりたんさんが尋ねて来る。


「あの……あなたに謝りたいと思って」


 まりたんさんは少し驚いた顔になったが、なぜ謝るのかは聞いてこなかった。

 俺は謝る言葉を考えて来たが、いざ彼女を目の前にすると言葉が出ない。

 二人とも何も言わないまま、時間が過ぎる。


「すみません。私は川上さんの容姿を勝手に想像して、いざ会ってみて、勝手に失望してしまいました」


 俺はストレートに自分の罪を告白した。


「そうだったんですか……」


 まりたんさんはは沈んだ声でそう言った。


「本当にすみません。私も人に偉そうに言えるほどの容姿では無いのに、失礼な態度を取ってしまって……」

「まあ、私も気が付いていましたから、気にしないでください。今まで何度も容姿で振られてますから、慣れっこです」


 まりたんさんは作り笑顔を浮かべる。明らかに、初対面の時に見た笑顔とは違った。


「あの、良ければまた、映画を観に行ったり、感想を語り合ったりしたいんですが……」

「それは……すみません。話がこれだけなら、もう失礼します」


 まりたんさんは財布から自分の分のお金を取り出し、テーブルの上に置いて去って行った。

 許して貰えなかった。俺がしてしまった、最低の行動を考えたら当然のことだ。



 また一人で黙々とブログを更新する日々に戻った。あれからも、まりたんさんからメールも来ないし、ブログのコメント欄に書き込みも無い。俺からもメールを送ることはしなかった。これ以上はストーカーになってしまうから。

 まりたんさんの居ない寂しい日々を過ごして、彼女の存在が大きかったと改めて気付く。容姿なんて問題ないくらい、彼女とは気が合ったし楽しかったんだ。

 そんなある日、ブログの管理画面を開いたら、コメントが届いていた。確認すると、まりたんさんだった。


(やはり管理人さんとは感性が合いますね。私と同じ感想です)


 一番最新の記事のコメント欄にそう書かれていた。

 俺は嬉しくて、すぐにメールを送った。


(コメントありがとうございます。凄く嬉しいです。本当に、本当に嬉しいです)

(この前は、失礼な態度を取ってすみませんでした。正直に話してくれれば、許すつもりで行ったんですけど、素直になれなくて)

(川上さんが謝る必要なんて、全然ありません。悪いのは全て私の方ですから。もし、私を許してくれるのなら、また一緒に映画に行って貰えませんか?)


 俺は心からまりたんさんと仲直りしたいと思った。


(それは嬉しいですけど、私と行って後悔しませんか?)

(後悔なんて、とんでもないです。あなた以上に話が合う人は居ません。あなたと連絡を取れなくなって、凄く寂しい思いをしました。私にはあなたが必要だと気付いたんです)


 俺は気持ちの勢いのままに、照れくさいセリフを送った。


(ありがとうございます。私も一緒に映画を観に行きたいです)

(ありがとうございます!)


 こうして俺は、まりたんさんと仲直りすることが出来た。もう二度とまりたんさんを悲しませない。俺は心に誓った。

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