第2話 十月二日はとうふの日

 日本豆腐協会が千九百九十三年(平成五)年に制定。

「とう(十)ふ(二)」の語呂合せ。


「やっぱりスーパーの安物じゃなく、一度は京都の本物のとうふを食べてみたいもんだな」


 家事など全く手伝わない癖に文句だけは一人前の夫が、冷や奴が夕飯に出て来た時のお決まりのセリフをつぶやく。

 味噌を変えても全然気づかないくらいの馬鹿舌なくせして何が本物の豆腐だよ。こっちもお金があれば何でも買って来てやるよ。あんたの稼ぎが悪いから、家事育児全てこなしながらパートまでして支えてるのに。


 そうだ、良いこと思いついた。


 私は翌日、思いついた悪だくみを実行することにした。



「今日もスーパーのとうふかよ」


 次の日、夫は食卓に上がった冷や奴を見て愚痴を言う。


「何言ってんの。今日のは京都の老舗で作ったとうふだよ。スーパーで特売してたから買って来たんだ。特売って言ってもいつものより数倍高いからね。心してお食べ」

「ええっ、そうなのか!」


 夫は驚きの声を上げる。

 実は京都の老舗で作ったとは嘘で、いつもと変わらないスーパーのとうふなのだ。どうせ味なんて分からないんだから、これで納得すればしめたものだ。


「でもよ、これ、いつものとうふと同じ形だぜ。スーパーのとうふじゃないのか?」

「とうふなんてどれでも形は同じさ。味が違うんだよ」

「信じられねえな……」


 夫はぶつぶつ言いながらも、醤油を手に取る。


「ちょっと待ってよ。折角の高級とうふを醤油掛けて食べるの? そのままでも十分美味しい筈よ」

「おお、そうか……」


 夫はお箸で崩れないよう慎重にとうふを挟んで口に運ぶ。なぜかその間はチラチラ私の顔を見ていた。


「どう? 美味しい? 京都のとうふは違った?」


 私は夫がどういう反応するか興味津々で返事を待った。


「これは確かに京都のとうふだ」

「ええっ、どうして?」


 夫がスーパーのとうふと全く気付かないので驚いた。


「あのなあ、何年夫婦やってると思ってるんだ。俺はお前の顔を見ているだけで、嘘を吐いているかどうか分かるんだよ。今日のお前は嘘を吐いてない。だからこれは京都のとうふだ」

「ええっ! なにそれ?」

 いや、それスーパーのとうふで、私嘘吐いてんのに全然分かってないし。


「でも、味はスーパーのとうふと変わらんな。高いだけ損だから、これからはいつものとうふで良いや」


 夫は満足そうにそう言うと、ビールを飲みほした。

 あまりにも簡単に騙される夫を見て、罪悪感が湧いてくる。正直に言うべきか? でも、それなら本当に京都のとうふを買って来いって言われそうだしな……。

 そうこうしている間に、夫は残りのとうふに醤油を掛けて食べだした。


「とうふ美味しい?」

「ああ、いつもと同じで美味しいよ」

「そう、それは良かった。ビールのお代わり出してくるね」

「おお、今日は優しいじゃねえか」


 知らぬが仏って言葉もあるしね。今日はビールをもう一本サービスして許してもらおう。

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