第127話 二月四日は西の日

 「に(二)し(四)」の語呂合せ。

 この日に西の方へ向かうと、幸運に巡り会えるとされている。



 俺は今、新幹線に乗って東京駅から新大阪駅に向かっている。

 なぜ大阪に向かっているかと言うと、三日前に見た夢で神様からお告げがあったからだ。夢に出てきた神様は「西に行け。必ず良いことがあるぞ」と仰った。俺の中で西と言えば関西。なら大阪に行こうと思ったのだ。

 夢のお告げを完全に信じた訳じゃない。大学が休みに入って暇だったので、今まで未経験の一人旅ってやつをやってみたかったのだ。どうせなら、何か面白い旅にしたい。夢に従って西に行くことで、何かあっても無くてもネタに出来ると考えた。


 

 新大阪駅に着いて、どこに行こうかと考えた。行き当たりばったりの旅がしたかったので、事前に大阪のことを調べてはいない。とりあえず在来線に乗り換え、ここから近い梅田に行くことにした。


「ここが梅田か」


 大阪駅で降りて、外に出た。大阪一の繁華街と言われるだけあって人は多いが、東京生まれの俺にとって、特に珍しいものでは無かった。何か面白い場所があるのか、俺はスマホで調べることにした。

 スマホを取り出して検索を始めたその時、体にドンって感じの衝撃を受けた。


「痛たっー」


 俺のすぐ横で、ギャル風の女の子が痛そうにしている。たぶんこの娘がぶつかって来たんだろう。


「大丈夫ですか?」

「痛いなあ。もうどこ見て歩いてんのよ!」


 ギャル風彼女は凄い剣幕で怒っている。

 俺は邪魔にならないように人の流れから外れた場所で、止まった状態でスマホを見ていた。だから、ぶつかって来たのは彼女の方だろう。手にスマホを持っているし、たぶん歩きスマホじゃないか。


「すみません」


 俺は自分が悪いとは思わなかったが、彼女の剣幕に圧されて謝ってしまった。


「あっ、もしかして東京から来たん?」

「ええ、そうですけど……」


 彼女は怒っていたのが嘘のように満面の笑顔を浮かべる。


「やっぱり。言葉で分かったわ。大阪に遊びに来たん?」

「うん、まあ……」


 初対面とは思えない乗りに付いて行けず、俺は曖昧に返事をする。


「じゃあ、これも何かの縁やから、私がここらを案内したるわ」


 ええっ……と思ったが、夢で神様が言った良いこととはこのことかも、との考えが頭よぎった。それに、楽しそうにノリよく話す彼女が、よく見れば凄く可愛かったのも断り切れない理由だ。


「ありがとうございます。お願いします」

「私、神元カンナ、JK三よ。よろしく!」

「えっ? 高三なの? 同い年ぐらいで二十歳前後かと思ってた」

「えーそんなにオバンちゃうわ。ほんでお兄さんは?」

「皆川太一。大学二年だよ。よろしく」

「太一君か。じゃあ、今日一日は私と太一君は恋人やで。今から梅田を案内するわ」


 ギャルは好みのタイプじゃないけど、可愛い娘に恋人と言われて悪い気はしない。いよいよ夢のお告げが現実となった気がしてきた。

 カンナは梅田を説明しながら案内してくれた。関西ノリで明るく元気なカンナと一緒に居ると凄く楽しい。今日初めて会ったとは思えないくらいリラックス出来る。

 カンナは知り合いに会うと、俺を彼氏と紹介してた。今日だけって話だったので良いのか? と思いつつも、俺は話を合わせた。


「次はお初天神に行こか」


 カンナが俺の手を引いて歩き出す。


「ああ、そこ知ってるよ。曾根崎心中の舞台になった場所だね」

「そうや。太一君よう知ってるな。お初天神は縁結びの神社なんやで」

「へーそうなんだ」


 縁結びの神社に案内してくれるってことは、俺と縁を結びたいってことなのか? 初めて会ったばかりなのに、俺ってそんなに魅力的なのか? 今までモテたことなんか無いけど。


「この商店街の先にあんねん」


 二人で商店街の中に入って行く。


「カンナ!」


 商店街を少し歩いたところで、後ろから彼女の名前を呼ぶ男の声。俺達は一緒に振り返った。

 そこには反社系の匂いのする怖そうなお兄さんが、目を吊り上げて立っていた。


「何しに来たんや」


 カンナは恐れる様子もなく、男に言う。


「お前が男と歩いてるって聞いたからや。お前浮気しとんのか?」

「浮気って何やねん。あんたとはハッキリ別れたやろ。付き合って無いんやから浮気とちゃうわ」


 男は今にも飛び掛かって来そうなくらい怒っているが、カンナは少しもビビッていない。俺は大丈夫なのかと心配になった。


「その男は誰やねん」

「この人は太一君や。私の今の彼氏やで。あんたも諦めてストーカーやめえや」


 ええっ! こいつに見せつける為に俺を案内したのか? 「ごめん、話し合わして」とカンナが小声でささやく。


「お前、俺からカンナを寝取るつもりか?」


 男が低い声で俺を恫喝する。


「寝取ったって、私はあんたと寝たこと無いわ。寝ても無いのに寝取るとは言わんやろ」


 よせば良いのに、カンナが男を挑発する。


「あっ、あの……もう別れてるんなら、しつこく付きまとわない方が良いんじゃないかな。い、今はストーカー規制法とかあるからさ、、警察に掴まっちゃうと思うよ」

「警察なんか怖ないわ。俺がそんなんでビビると思ってんのか?」


 ヤバい。逆に怒らせたみたいだ。奴はカンナじゃなく、俺に向かって近付いて来た。


「なめとったら痛い目に遭うぞ」


 男は俺の胸倉を左手で掴んで脅す。


「やめろや! お前はすぐに暴力振るうから嫌やねん!」


 カンナが男の腕を掴んで助けてくれようとするが、力が弱くて引き離すことが出来ない。


「ね、もうやめようよ。喧嘩になったら、お互い痛い目に遭うし」

「痛い目に遭うのはお前だけじゃ!」


 男は胸倉を掴んだまま、右腕で俺を殴ろうとする。

 その瞬間、俺はもう話し合いは無理と判断して、胸倉を掴んでいる男の左手を捻り上げた。


「痛っ! 放せ! 放さんかい!」

「もうやめてくれる?」

「分かった。もう殴らんから放せや!」


 男がそう言うので、俺は奴の手を放した。


「あほかお前! 簡単に放すなんて甘いんじゃ!」


 男が懲りずに殴りかかって来たので、俺は体を横に開いてかわし、足元が隙だらけだったので、奴のすねを蹴飛ばした。


「痛い!」


 奴は悲鳴を上げて、その場にうずくまった。弁慶の泣きどころと言うぐらいだから、凄く痛かったんだろう。


「今のうちに逃げよう」


 俺はカンナの手を引いて走り出した。お初天神が見えて来たので、中に入って奴が来ないか様子を窺った。


「ごめん。まさかあんなに人が多い場所で殴りかかって来るとは思わんかったわ。ホンマごめんな」


 カンナは本当にすまなさそうに謝る。


「それは良いけど、あいつに見せつける為に、俺を案内してくれたのか?」


 俺がそう聞いても、カンナは何も答えない。


「まあ、良いよ。それじゃあ」


 俺はもう関わりたくないので、この場を立ち去ろうとした。


「ごめん。ちゃんと話すから……」


 カンナが泣きそうな顔でそう言うので、俺は立ち止まった。


「あいつが何度も頼むから、仕方なく付き合ったんや。でも、あんな性格やから、付き合い切れんと思って、すぐに振ったんや。でも、なかなか素直に別れてくれへんかって……。

 新しい恋人が出来たら諦めるかって考えて。太一君やったらすぐに東京に帰るから、あいつも追いかけて行かれへんなって考えたん。でも、あんなことになるなんて……」


 カンナは悲しそうにそう言った。嘘を言っている様子は無いので、本当のことなんだろう。


「そうだったんだ。まあ、確かに俺は東京に帰るからな。でも、カンナは大丈夫なのか? あいつがまた絡んでくるんじゃないか?」

「騙したのに、私のことを心配してくれるんや……。太一君優しいんやな。喧嘩も強いし、カッコええわ」


 なんか、カンナがキラキラした目で見て来る。


「いや、喧嘩は初めてだよ。俺は昔体が弱かったんで、鍛える為にいろいろ格闘技を習ったんだ。実戦で使ったのは初めてだし、相手が油断してなかったら、あんなに上手く行かなかったよ」

「謙遜するなんて、男らしいわ……」


 ますます目がキラキラして来る。何なんだろう。今までこんな目で女の子に見られたことなんか無いぞ。しかもこんな可愛い子に。これは夢のお告げ効果か?


「いや、俺のことは良いよ。奴は大丈夫なのか?」

「もう梅田に出なかったら大丈夫やと思う。あいつは私の家を知らんから」


 それなら安心した。俺が東京に帰った後に、カンナが酷い目に遭ったら可哀想だから。


「あっ、今日は泊まるとこ決まってんの?」

「いや、カプセルホテルか、ネットカフェで良いかと思ってたけど」

「じゃあ、私の家に来たらええわ。守口やから今から一緒に行こう」

「えっ、良いの?」

「あっ、もしかして一人暮らしでエッチ出来ると思ってる? ちゃんと家族と住んでるから無理やで」

「い、いや、そんなことは思って無いよ。急に泊めて貰って良いのかなって思っただけで」


 心の中を見透かされて、俺は戸惑った。


「大丈夫やで。歓迎してくれるよ」

「じゃあ、ありがたくお世話になります」


 その後、地下鉄谷町線で守口駅まで行って、カンナの家に迎えて貰った。事情を話すと、カンナの両親や妹も歓迎してくれて、楽しく一夜を過ごした。

 翌日はカンナの案内で京都を観光した。目いっぱい楽しんだ後、京都駅から新幹線で帰ることにした。


「東京に来ることがあったら、今度は俺が案内するよ」

「ありがとう。絶対に行くから、忘れんといてな」


 この二日間、凄く楽しかったので、まるで遠距離恋愛中の恋人同士のように別れが辛い。きっとカンナは同じ気持ちだろうと、彼女の表情を見て思った。

 俺達は連絡先を交換して、後ろ髪を引かれる思いで別れた。

 だが、東京に帰った後、カンナから連絡が来ることは無かった。俺から一度、案内して貰った感謝のメッセージを送って、素っ気ない返事が返って来ただけだ。まあ、一時の感情の高ぶりで恋人同士になったように感じただけだろう。冷静になって、連絡する価値も無いと思われたんだ。

 俺は悲しかったが、もう忘れようと切り替えた。


 三月に入って暖かくなって来た頃。突然カンナから東京に行くと連絡が入った。俺は嬉しくて、東京駅まで迎えに行った。


「久しぶり! 元気やった?」


 大阪で会った時より大人っぽい恰好をしていて、ギャルっぽさが無くなっていた。でも、それが俺好みでときめいた。


「ああ、俺は元気だったよ。また会えて嬉しいよ」

「私もや。今日が待ち遠しかったわ」


 待ち遠しい? その割に連絡が無かったな。


「今回は何泊するの?」

「何泊って、ずっとや」

「ずっと?」

「そう。私は四月から東京の大学に通うんやで。親戚の家に下宿するんや」

「ええっ! ホントに?」

「ホンマや。マメに連絡したら、きっと言うてしまうと思って、我慢してたんやで」

「そうだったんだ……」

「これからよろしくな」


 少し恥ずかしそうに笑うカンナ。


「これからはいつでも会えるんだね」

「うん、毎週、東京でデートしよな」


 こんな可愛いカンナと付き合って行けるなんて夢のようだ。そうか、あの夢だ。夢で見た「西へ行け」のお告げは本当だったんだ。

 ありがとう。神様に感謝して、カンナと仲良く過ごして行きます。

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