第182話 三月三十一日は体内時計の日

 新年度に向けて生活のリズムを見直す為に、年度末の三月三十一日に制定。



「あー眠い」


 三月三十日の午後。俺は自営している店の中で、大きなあくびをした。最近寝不足なのだ。

 俺は毎日、ほぼ十二時間を店で過ごしている。定休日も無しで、たまに臨時休業を取る日があるだけだ。こうやって書くと働き過ぎと思われるかも知れないが、お客さんが居ない時はパソコンでネットを見てられるぐらい暇なので、会社員が想像するよりかなり楽だ。

 自分の時間は制約されるが、残業も人間関係のストレスも無いし、規則正しい生活が送れて、仕事だけしている分には体調も良いくらいだ。


 ではなぜ俺が寝不足になっているかと言うと、趣味に時間を取られているからだ。

 俺の趣味は創作活動。小説を書いて、ネットで公開したり、出版社の賞に応募したりしている。

 今、俺はネットの小説投稿サイトで「今日は○○の日」という短編集を連載している。どんな短編集かと言うと、例えば「十月一日はコーヒーの日」のように、その日付に対して制定されている「○○の日」の○○をテーマにして毎日その日の作品を書いているのだ。


 十月一日から始めて、明日で半年になる。ちょうど折り返し地点だ。一か月でも二か月でも、出来るところまで書いて行ければ良いかと始めた連載だが、案外続いている。

 テーマが決まっているのは意外と書きやすい。テーマを中心に話を広げて行けば、アイデアが出やすいからだ。ただ日によっては、制定されているテーマに全く知識が無い日がある。ジョンレノンや東京駅で話を書くのは大変だった。

 それでもテーマよりもっと大変で苦労しているのは、毎日一作品書かないといけないこと。二千文字程度の短い作品と言っても、毎日違う話を作るのは思っていたよりしんどい作業だった。毎日、新しい設定、新しい登場人物を作る。どの日からでも読めるようにがコンセプトなので、シリーズ化している設定もあるが、基本的にはその話だけでも意味が分かるようにしている。それを毎日続けるのが一番大変なのだ。

 連載を始めた頃は、割と順調だった。内容的にも、自分で面白いと思える作品が多かった。だが、半年近くも続けるうちに新しい発想が出て来なくなり、前に似たような話があったんじゃないかとデジャヴを感じる。自分の能力の限界じゃないかと思う。そんな風に苦戦しながら書いているので時間も掛かってくる。それで毎日寝不足になってしまうのだ。



 明日のテーマは何だろうか? ネットで調べると「三月三十一日は体内時計の日」となっていた。寝不足な俺にタイムリーなテーマだ。

 読んでる人も少ないのに、ここまでしんどい思いをして書き続ける意味が有るんだろうか? ちょうど半年で切りが良い。ここで連載を終了するのも良いんじゃないか。

 そんな思いが湧いてきた。ここからの半年は、今まで来た半年よりも、確実に辛い半年になるだろう。毎日、推敲を手伝ってくれている嫁さんには申し訳ないが、ここで終了しよう。

 そう決めて、小説投稿サイトのマイページを開いたら、感想が届いていた。


(毎日、面白い話を公開してくれてありがとうございます。楽しみにしているので、頑張ってくださいね)


 下を向いていた俺の肩に誰かが優しく手を置いてくれた気がした。

 書かれていた感想。それは読者からの応援コメントだった。

 何気ない気持ちで書いたのかも知れない。でも俺の中には確かなモチベーションが戻って来た。

 もう少し頑張ってみるか。あと一か月、いや、あと一週間でも。人気がある作品とは言えないけど、少しでも毎日読んでくれる読者がいるうちは、短い期間を目標にして書き続けるか。

 俺はまた、新しい日付のファイルを作り、キーボードを叩いて話を書き始めた。

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