第102話 一月十日は糸引き納豆の日

 全国納豆協同組合連合会が二〇一一年に制定。

 「い(一)と(十)」の語呂合せ。

 この日とは別に同会は七月十日を「納豆の日」としている。



「おおっ」


 朝食で食べる卵を取ろうと開けた冷蔵庫の中に、俺はある筈の無い物を見て驚いた。


「どうして、納豆なんかあるんだ?」


 俺は三個パックの納豆を手に持ち、キッチンに立つ妻に見せた。


「あっ、それ俺が食べるから、お母さんに頼んで買って来て貰ったんだよ」


 朝食を食べようとしてダイニングに来た、次男の俊哉が俺の持っている納豆を見てそう言った。


「お前納豆食べるのか?」

「年末に友達の家に泊まった時に、朝食で食べさせて貰ったんだって。それ以来買って来てって言われてたのよ」


 妻が俺に説明してくれた。


「凄く美味しかったんだよ。お父さんも食べる?」

「い、いや、俺はいいよ」

「お父さん納豆が苦手で食べたことがないんだよね」

「お、おい……」


 俺は俊哉の前で言って欲しくないことを妻に言われた。黙っていてくれれば良いのに、どうして言うんだ。


「ええっ、お父さんは『食わず嫌いはするな』って、俺が小さな頃からずっと言ってたのに」


 俺が危惧した通り、俊哉は痛いところを突いてくる。


「いや、納豆は匂いが凄いだろ……」

「でも、食わず嫌いは駄目よね。丁度良いから今から食べたら」

「そうだよ。お父さんも食べなよ。美味しいから」

「うう……」


 完全に逃げ道を塞がれてしまった。ここで食べるのを拒否したら、俺の発言に説得力が無くなってしまう。


「分かった食べるよ。どうやって食べるか教えてくれ」


 俺は観念して、俊哉に聞いた。


「どんぶりの中に一杯分のご飯を入れて、納豆と卵を上からかけて混ぜるだけだよ。あっ、味付けに麺つゆをかけるの忘れてた」

「卵かけご飯みたいなもんだな」

「そう、それに納豆が入るだけだよ」


 俺は言われた通り、どんぶりにご飯を入れて、パックから納豆をそのまま入れた。

 想像していたより、匂いはきつくない。昔より改善されているのか?

 納豆の上に卵を割って、麺つゆを少々たらし、掻き混ぜた。

 どんぶりの中のご飯と納豆と卵が入り交じり、薄茶色に染まっていく。糸引く納豆を卵が上手く和らげ、ちょうど良い粘りになった。思いの外、美味しそうに見える。


「さあ、食べるぞ」

「そんな気合いを入れなくても良いでしょ」


 肩に力が入る俺を見て、妻が笑う。

 どんぶりを手に持ち、お箸で納豆ご飯を掻き込む。


「美味しい!」


 納豆の食感が心地よく、匂いも気にならない。卵かけご飯よりずっと美味しかった。


「そうだろ。お父さんも食わず嫌いだったんだよ」


 納豆の美味しさを理解して貰って嬉しいのか、俊哉が得意げに言う。


「そうだな。こんなに美味しいなら毎日食べても良いな」

「俺も! お母さん、毎日納豆を食べるから買っておいてね」


 俺と俊哉は意気投合してそう言った。


「もちろんよ。毎日食べられるように、買ってくるわ」


 妻は俺達より嬉しそうな顔をしている。


「どうして、そんなに嬉しそうなんだ?」


 俺はちょっと気になったので、そう尋ねた。


「だって、これでたんぱく質を取れれば、お肉を減らせるでしょ。体にもお財布にも優しいから嬉しいの」

「ええっ!」


 俺と俊哉は同時に声を上げた。

 これを狙って、俺の食わず嫌いをバラしたのか。やっぱり妻の方が一枚上手だ。

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