第103話 一月十一日は塩の日
一五六九(永禄十一)年、武田信玄と交戦中の上杉謙信が、武田方の領民が今川氏によって塩を絶たれていることを知り、この日、越後の塩を送ったとされている。
この話が、「敵に塩を送る」という言葉のもととなった。
公立中学の二年生である俺にはライバルがいる。同じクラスの松浦だ。俺と松浦は、成績で毎回校内一番を争うライバル関係なのだ。
松浦と俺とは生活環境も似ている。お互い家が貧乏で塾にさえ通えず、学校の授業以外は自分で勉強するしかなかった。きっと奴も、この生活から抜け出す為には、勉強するしかないと思っているのだろう。
ライバルとは言っても、松浦とはほとんど話をしたことは無い。でもお互いに、相手を意識しているのは感じている。
俺の将来の目標は、近場で一番の公立高校に入学して旧帝大に合格、その大学を卒業したら一流企業に就職して今の生活から脱出することだ。ただ、将来の目標はそうだが、当面は松浦に勝つことだけを考え、俺は毎日毎日頑張って勉強していた。奴に負けたくないとの思いがモチベーションになり、勉強がはかどるからだ。
定期テストを一週間後に控えていたある日、松浦が欠席した。担任の先生曰く、インフルエンザに罹って、一週間ほどは休むらしい。
俺はラッキーだと喜んだ。この時期の欠席は、目の前のテストに影響するだろう。今回は俺の勝ちだと確信した。だが、俺がそう思って喜んだのも一瞬だった。こんな勝ち方に疑問を感じたからだ。
確かに今回のテストは俺が勝つだろう。でもそれが本当の勝利と言えるのだろうか? 俺の最終的な目標は松浦に勝つことじゃない。一流企業に就職して、今の生活から脱出することだ。万全でない松浦に勝ったとしても、最終的な目標に近付ける訳じゃない。それを混同してしまっては駄目だ。
俺は気を引き締めて、全力で授業内容をまとめてノートに書くことにした。
俺は松浦が欠席してから毎日、学校が終わると松浦の家に授業をまとめたノートを持って行った。
松浦はアパートに母親と二人で住んでいる。母親にノートを渡す時に名前を聞かれたが、名乗らなかった。名乗って恩に着せたくなかったのだ。
テストの直前になり、松浦は復帰してきた。登校して来た時に目が合ったが、奴は何も言って来なかった。
昼休みになり、いつもの通り俺は教室で自習している。集中して勉強していたら、突然机の上にノートが置かれた。
「ありがとう。一応礼は言っておくよ」
顔を上げると、松浦が立っていた。
「役には立たなかったか?」
「いや、そんなことはない。良くまとまってて、授業に出なくても内容が理解できたよ」
だったらなぜ一応なんて言い方するんだろう。
「どうして、こんな敵に塩を送るような真似をしたんだ?」
「お前に、負けた時の言い訳をさせない為さ」
「なるほどなあ……」
松浦の表情からは、本当に納得したのかどうか分からなかった。
「お前は当面の目標なんだよ。お前に勝ちたいって気持ちが、勉強のモチベーションになるんだ。だから簡単に負けて貰っちゃ困るんだよ」
俺は本心を素直に話した。それを聞いた松浦は、楽しそうな笑顔を浮かべる。
「お前も北高から旧帝目指してるのか?」
「ああ、お前も同じだろ?」
松浦は笑顔のままで頷いた。
「ノートをありがとう。もし今回のテストで俺が負けたら、それは実力で負けたんだ。言い訳はしないよ」
松浦はそう言うと、自分の席に戻って自習を始めた。俺もそれを見届けてから、また集中して自習の続きを始める。
松浦はありがたいライバルだ。あいつが居れば、最終的な目標にたどり着けそうな気がした。
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