第104話 一月十二日はいいねの日

 「いいねの日 企画室」が制定。

 「#指先でエールは送れる」をキャッチフレーズに、SNSで「いいね!」のボタンを積極的に押すなど自分や他者にエールを送る機会を作ることで、送った人ももらった人も心が温かくなって小さな幸せが増える日にするのが目的。心が動いた言葉に、何気ない一言に、もっと気軽に「いいね!」しませんか?と呼びかけている。

 日付は一と一二で「い(一)い(一)ね(二)」と読む語呂合わせから。



 壁に向かって事務机が二つ並んでいるだけの小さな一室に、若い男が二人で暇そうにしている。

 一人はチノパンツに白のニットを着た、眼鏡の優男。もう一人はデニムに黒のハイネックを着た髭面の男。優男は机に向かってノートパソコンでネットサーフィンに勤しみ、髭面は椅子の背もたれに体をあずけてコミック本を読んでいる。


「暇だね」


 優男がパソコンに向かったまま呟く。


「俺達が暇な方が、地球にとっては良いことだろ」


 髭面もコミック本を読みながら応える。

 実は、二人は天変地異から地球を守る異星人なのだ。(第九十一話 十二月三十日は地下鉄記念日を参照)


「そう言えばさ、今は何にでも、『いいねボタン』って有るだろ?」

「えっ?」


 優男が相変わらず、パソコンに向かったまま急に聞いてきたので、髭面はコミック本から顔を上げる。


「ほら、ツイッターとかのSNSもそうだし、ユーチューブみたいな動画サイトや、イラストや小説なんかの投稿サイトも今はみんな『いいねボタン』が有るじゃないか」


 優男はようやく、パソコンから目を離して、髭面に向き直る。


「ああ、有るな」

「俺はあの『いいねボタン』に対して思うことがあるんだよ。あれって誰がどんな気持ちで押しても同じ『一いいね』だろ?」

「まだよく話が見えないけど、まあそうだな」

「中にはさ『フォロワーさんだからお付き合いでポチっとくか』っていう人も居るだろ?」

「ああ、確かに居るだろうな」

「でも中には『これは凄く役に立った』とか『これは凄く面白かった』と思って押す人もいる訳だろ? いい加減な気持ちで押しても、本気で応援したい気持ちで押しても同じ『一いいね』っていうのが納得いかないんだよな。『いいねボタン』の他に『凄くいいねボタン』もあれば良いと思わないか?」

「ええっ、何だよそれ。話し長かった割には、内容薄いな」


 髭面は呆れたようにそう言った。


「『いいねボタン』がある場合は、同時にコメント欄もあるだろ。本当に面白いと思って応援したいなら、コメントにそう書き込めば良いじゃないか」

「コメント書き込む時間が無い時だってあるし、書くのが苦手な人だっているだろ。それにコメントは会員登録者限定の場合が多いんだよ。偶然目にしたものに、いちいち会員登録してられないよ」


 優男も反論する。


「それは、しょせんそこまでの想いってことだよ。本当に推したいなら、会員登録して応援すべきだろ?」


 そう言われると、優男は反論できずに黙ってしまう。


「俺は逆に『凄くいいねボタン』じゃなく、『だめだボタン』を付けて欲しいな」

「ええっ……」


 髭面の言葉に、優男は眉をひそめる。


「だって称賛は受けたいけど、批判は言うなって我儘だろ。公開している限りは嫌な意見も受け入れろって俺は思うな」

「いやいやいや、ネットに公開しているものって殆どが無料コンテンツだろ? 楽しんで公開しているものにケチ付ける必要ないだろ。特に小説やイラスト投稿サイトなんて、素人なんだから創作意欲が折れちゃうよ」

「その程度で折れるなら、折れた方が変な夢見なくて幸せじゃねえの」


 髭面は少し馬鹿にしたような調子でそう言った。


「酷いこと言うなよ。俺たちは素人なりに一生懸命創作してるんだよ。そんなこっちの気持ちも考えずに、読者は好き勝手なこと書き込みやがって。某サイトなんか、わざわざコメント欄を『応援コメント』って銘打っているんだぞ。それなのに罵倒する奴もいるんだ。応援どころか心折れて書けなくなるわ」


 優男は珍しく興奮してまくし立てる。


「も、もしかして、お前、小説サイトに投稿してるの?」


 髭面の質問に、優男は視線をそらして、肯定も否定もしない。


「なんだよ。だったら最初からそう言ってくれよ。悪かった。別に俺は罵倒コメントを書いたりはしてないよ」

「いや、俺こそ感情的になって悪かった。別にお前のことで怒った訳じゃないんだ」

「そうか。まあ、匿名で勝手なこと書く奴はいるからな。あんまり気にすんなよ」

「ああ、そうだな……」


 そう言いながらも、優男はまだ気持ちが落ち込んでいるようだった。以前に酷いコメントを書かれた時のトラウマが甦っているのだろう。


「ちなみに、どんな話書いているんだよ。興味あるから、俺にも読ませてくれよ」


 髭面は気を遣って、話を振る。


「そうか? 興味あるのか? SFなんだよ。サイト教えるよ」


 読んで貰えると聞き、優男の表情が明るくなる。


「SFか。面白そうじゃないか。どんな話なんだ」

「地球外生命体が、人間に姿を変えて地球を天変地異から守る話なんだ」

「そ、それって、SFじゃなくて、お仕事小説じゃねえか!」

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