第120話 一月二十八日は逸話の日

 「い!(一)つ(二)わ(八)」の語呂合せ。

 世の中にあまり知られていない逸話を語り合う日。



「今日は『逸話の日』で、世の中にあまり知られていない話をする日なのよ」


 依里がいつものように、得意げに今日は○○の日を私たちに発表する。

 私は依里と麗美と一緒に、放課後にハンバーガーショップでおしゃべりしている。


「逸話って歴史的な偉人のあまり知られていないエピソードとかだよね」


 私は知っている知識で、依里に聞いた。


「そう、凛子ちゃん正解! でね、今日は逸話の日だから、私たち三人の逸話を発表し合わない? 一番凄い逸話を発表した人が優勝で、負けた二人が優勝者にハンバーガーが奢るとかどう?」


 また依里が変なこと思い付いたよ。自分達の逸話を発表するって言われても、すぐには思い浮かばないよ。


「面白そうね。それって、他の人には絶対に秘密にするんだよね」

「ええっ、面白そう?」


 私は麗美の言葉に驚く。


「もちろん! 三人の秘密よ」

「じゃあ、やる。私は二人と友達になって日が浅いから、逸話を聞けるなんてホント嬉しいから」


 私と依里は幼馴染みなのでそれ程でも無いけど、麗美からしたら昔の話を聞くのは嬉しいんだろうな。


「凛子ちゃんはどうする?」


 二人が期待に満ちた目で見て来る。


「分かったわよ。やるけど、すぐには逸話を思いつかないんで、最後の番にしてね」


 結局、三人で逸話大会を始めることとなった。


「じゃあ、最初は言い出しっぺの依里からね」


 麗美に指名されて、依里が頷く。


「実は私ね、元々は左利きなの」

「ええっ! そうなの?」


 私は思わず声を上げてしまう。だって、幼い頃から知っているのに、左利きだと聞いたのは初めてだったから。


「本当に小さい頃に、右利きに直すように躾けられてね。人前では絶対に右手しか使えなかったの」

「依里のお母さん、あんなに優しいのに」


 依里のお母さんを良く知っているだけに意外だった。


「うん、左利きを直すことには厳しかったね。でも、そのお陰で特技が出来たのよ」

「特技って、どんな特技よ?」


 麗美が依里に聞く。


「ちょっと待ってね」


 依里はそう言うと、鞄から筆箱とノートを二冊取り出しテーブルに広げる。筆箱からボールペンを二本取り出すと両手に握った。


「凄い!」


 私と麗美は同時に声を上げた。

 依里は(凛子ちゃんも麗美ちゃんも大好き!)と、両手で二冊のノートに同じ文章を書いて見せた。


「ね、凄いでしょ」


 依里は得意げに胸を張る。


「じゃあ、次は麗美ちゃんの番ね」


 依里が次の番になる麗美を指名する。


「絶対に秘密にしてくれるよね?」


 麗美は私と依里に顔を近付けて、声を潜めて話す。


「もちろん、誰にも言わないよ。約束する」

「私も」


 私が約束すると、依里も同意する。


「実はね、私、小学校の四年生まで、毎日のようにおねしょしてたの」

「ええっ!」


 私は思わず声を上げてしまった。


「やっぱり引くよね」

「ごめん。そんな引いたりしないよ。多分言わないだけで、他にもおねしょしていた人はいたと思うから」


 私は麗美を傷つけたと思い、慌ててフォローした。


「でも、麗美ちゃん、今はおねしょして無いんでしょ?」

「そう、そのおねしょが治った話が逸話なの」


 麗美は真顔で依里に答える。


「四年生になるまで、おねしょが治らなくて、お母さんも神経質になってしまったのね。だから毎朝『どうしておねしょしちゃうの!』とか『ちゃんと起きてトイレに行かなきゃ駄目でしょ!』って結構キツ目に怒られてたの。

 で、ある日ね、私も怒られ過ぎてどうかしてしまったんだろうね。逆切れみたいに、変なことを言い出したの」

「変なことって、何を言ったの?」


 私は続きを促すように、そう聞く。


「『私がおねしょしたんじゃ無い! 誰かが布団に入って来て、おねしょしたんだ!』って言い張ったの」

「ええっ!」


 私と依里は驚いて同時に声を上げる。


「お母さんも怒ったけど、私は自分はおねしょしてないって言い続けたんだよね。パジャマが濡れてるのにお構いなしでね。

 お母さんも、あまりにも私の様子が変なので心配したんだろうね。それからはおねしょしても怒らなくなったの。そしたら不思議なことに、一週間ほどでおねしょが治ってしまったのよ」


 麗美は笑顔でそう言ったが、結構辛い話なんじゃないか。怒られていた時の麗美の心を考えると、切なくなった。


「大変だったね」


 私はそんな言葉しか出て来なかった。


「いや、笑い話にしてよ。そのつもりで話したのに」

「笑い話には出来ないよ。だってその時の麗美ちゃんが可哀想で」


 依里も私と同じように感じてるみたいだ。


「二人とも優しいね。本当にありがとう」


 麗美は笑顔でそう言った。


「じゃあ、最後は凛子の番よ。ガツンとした逸話をお願いね」


 麗美が私を指名する。最後に話すのも緊張するな。


「私の初恋は幼稚園の頃だったの」

「えーそうだったんだ。知らなかった」

「これは依里にも言って無かったからね。たぶん相手の子も私の気持ちに気付いてなかったと思う」


 私は二人の顔を交互に見ながらそう話す。


「好きだと言っても幼稚園児だし、どうしたら良いのかさえも分からないから遠くで見ているだけ。その子の、何にでも集中して一生懸命なところが好きだったから、見ているだけで良かったんだよね」

「凛子ちゃん意外と可愛い所があったんだね」

「意外は余計よ」


 私は依里に突っ込んだ。


「その初恋の結末はどうなったの?」

「うん、それがね……あれは確か、公園に幼稚園のみんなで遊びに行った時だったかな……」


 私は過去の記憶を心の引き出しから取り出した。


「その子が木の下で何かしていたから、興味を覚えた私は近付いて行ったの。で『何をしてるの』って声を掛けたのよ。そしたらその子が、『これ』って手の平を差し出してええ……」


 私は思い出したくない記憶がよみがえり、背中がゾクゾクとした。


「どうしたの? 顔が青いよ」


 麗美が心配そうに尋ねる。


「その子の差し出した手の平には……」

「手の平に何が乗ってたの?」


 今度は依里が尋ねる。


「手の平に一杯の毛虫が乗ってたの」

「やめてえー」


 麗美が軽く悲鳴を上げる。


「私は大声で泣いて逃げたわ。可哀想に、その子は意地悪したと思われて、私に謝罪させられたの。何も悪くなかったのにね。

 それ以来、その子は私を避けるようになったの。違う小学校に行ったから、そこで私の初恋は終わりを告げたのよ」


 毛虫は今でも怖いけど、でも、思い出すと怖さより切なさが強い思い出だ。


「幼稚園を卒園して以来は会って無いの?」

「うん、名前も覚えてないから、会っても分からないだろうね」


 私は麗美の質問に答えた。


「逸話大会面白かったね。優勝は誰にする?」

「私は麗美が優勝だと思うわ」


 私は依里の問い掛けにそう答えた。


「ええっ、私の話で良いの?」

「私も麗美ちゃんが優勝だと思うから良いよ」


 逸話大会の優勝は麗美に決まった。

 私は優勝の行方より、初恋の男の子が今どうなっているのか気になった。久しぶりに思い出して、初恋の甘いずっぱい気持ちが甦ってきたのだろう。

 家に帰って幼稚園のアルバムを見て、名前だけでも確認してみようと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る